『#に思う』

中嶋@管理人


Gdurに光を感じる私。なんででしょうね〜。物理的には音の高低から感じるもの以外、調性によって性格の違いを感じるなんてないんですよね。平均律で調律されたピアノなのだもの。それなのに感じてしまう。

鍵盤を思い浮かべる。

指が右へ1つずれる。

これだけで心が動く。


指が左へ1つずれるのと右へ1つずれるのとでは、感じ方が全く違ってくる。私は♯が好き。短調であろうが、長調であろうが♯が好き。Gdurは♯の音階。しかも、このたった1つの♯は導音。ツーンとくる。

例えば、Ges durとFis dur。(変ト長調と嬰ヘ長調)どちらも同じ音なのに、物理的にはなんら変わるところがないのに、スケールを弾くだけでも違いを感じる。それは「ソラシド・・・」と♭で感じて弾いているのか、「ファソラシ・・・」と♯で感じて弾いているかの違い。♯を感じると、倍倍に胸が高まっていく気持ちがする。Ges durでは感じない。

こうやってみると、聴く側の違いというよりも、
演奏する側の気持ちの違いのような気もしてくる・・・。


その♯に何を感じるのか。それだけで演奏するバランスが変わってくる。弦楽器などは、ちょっと高めとかちょっと低め・・・なんてことができるけれど。ピアノはそれを音のバランスやペダリングなどで表現するしかない。私は半音上がる♯を感じたときの響きが好き。

バランスをその音に持ってきてペダルで響かせたくなる。


これがソプラノに出ていたら、もうたまらない。(笑)胸がツゥ〜〜ンとしてくる。半音下がる♭を感じるときは、とても気持ちが重たくなる。Fis durの下行では感じないものを、Ges durの下行には感じる。

音のバランスは自然と低音部に重きを置きたくなってくる。


結局物理的にどうこうじゃないんだなぁと思う。演奏する時こういうことを感じて演奏すると、表現する楽しさが倍増する。それが私にとっては一番大切なことなんだなぁと思う。