これは、先日日本障害者ピアノ指導者研究会で諸先輩方の胸をお借りして発表させていただいたものです。それ専門で教えているわけではないので試行錯誤のレッスンですが、ここに載せようと思います。同じ経験をなさっている先生、またこれから同じような生徒さんを引き受けようとなさっている先生がいらしたら、お互いに情報交換をしていきたいなと考えています。

 

『知的障害とピアノ指導』

寄稿者:中嶋@管理人


私は今、双子のGくんNちゃんを教えています。二人は小学3年生、Gくんは重度のNちゃんは軽度の知的障害児です。最初の3ヶ月はもうすぐ4才になる妹を含め、グループレッスンをしました。Nちゃんと4才になった妹は個人のピアノレッスンができる状態で、GくんのレッスンもGくん中心のGくんに合わせたレッスンにしていきたいと思うようになり、個人レッスンに切り替えることにしました。最初に、このGくんのレッスンについてお話していきたいと思います。

Gくんは言葉がしゃべれないほどの重度です。ということで、ピアノレッスンはできません。「ピアノ指導」ということから、ここでお話ししようかどうか迷ったのですが、参考までにご紹介していきたいと思います。言葉のしゃべれないGくんですが、トイレトレーニングができている、靴を一人ではける、など習慣的なことは身につけています。しかし、言われていることへの認識がどの程度できているのかは疑問です。例えば、Gくんが怒られているとき。私が怒った程度では、Gくん楽しむだけで理解してくれません。お母様がきつくしかったとき、Gくんはしょげて泣いてしまいます。しかし、ショックで泣いているものの、「何故怒られたのか」ということを理解しているのかどうかはわかりません。習慣的に毎回毎回同じ事でこのように怒られれば、そのことに対する認識ができるようになってくるのかもしれません。

このようなGくんのレッスンは、音楽教室の2,3才児クラスの内容と同じようなものです。そのレッスンの中で、一番心がけているのは声のかけ方です。養護学校に見学へ行ったとき教わった方法なのですが、Gくんの目を見て、Gくんが私が話そうとしているのだと注意を向けることができるような状態になってからお話します。そして大きな口で、大きな声でお話します。また、何かに注意を向けたいときは、それを指で「トントントン」と指し示すようにしています。また、なるべく様々な事柄が繋がるようにレッスンの工夫をしています。これは認知能力が向上してくれればいいな、といった願望からくるものです。このことによって発達が促されてくれたらいいな、と思っています。例えば、「りんご」があったとします。これを「これはりんごだよ」と言うのではなく、「赤いりんごだね。食べるとね、甘酸っぱくて美味しいんだよ。」などといった他の情報も伝えるようにします。このような声かけによって、多様なイメージを持つことになり、想像力を豊かにし言語の発達、外界への興味を促すことが期待できるのではと考えています。

これをレッスンに活用すると、例えば「きゅっきゅっきゅぅ」という歌があります。これはくつみがきをする歌なのですが、この曲を導入するときにGくんを玄関までつれていきました。「Gくん、パパのくつみがきしたことあるかな?お外に行くとおくつってすぐに汚れちゃうよね。だからピカピカに磨くんだよ。一緒に磨いてみようか?」などと声をかけ、磨くところを見せてあげます。それから、靴を磨くフリをしながら歌を歌います。

こういったレッスンで与える曲のサイクルは、かなりゆったりとしたものです。新しい曲をどんどん取り入れることはしていません。それは、Gくんの気に入った曲への固執度が高いからです。気に入った曲は何度でも歌いたく、私の手を鍵盤に押し付けて「もっと弾いて」という合図をします。すごい時には、5,6回続けて弾かされたりすることがあるほどです。ということで、ひとつの曲をいろいろな方法で使用しています。「曲に合わせて楽器で遊ぶ」これは、自由に叩かせることもできますし、曲に合わせて叩かせることもできます。もちろん曲に合わせる場合は、Gくん一人ではできないので、お母様にお手伝いしていただくことになります。「曲に合わせて体を動かす」これは普通のリトミックと同じように、走ってみたり、歩いてみたり、フリをつけてみたり。フリをつける場合は、とても簡単に、Gくんがフリを覚えることはできないので、お母様に持ってもらってジャンプをしてみたり、お母さんのお膝に乗ってお母さんに電車になってもらったり・・・といった感じです。

この夏、Gくんは模倣を始めたそうです。私はまだ見ていないのですが、模倣らしきものを始めたとお母様が教えてくださいました。もちろん、まだレッスンに取り入れることができるほどではありませんが、こぶた・たぬき・きつね・ねこのような歌を一緒に歌っています。このように、今後もGくんの発達過程に合わせたレッスンをしていくことができたらな、と考えています。

次に、軽度のNちゃんの話をしていきたいと思います。Gくんは養護学校へ通っていますが、Nちゃんは普通の小学校の心障学級に通っています。1度見学へ伺わせていただいたのですが、その中でも一番軽いんじゃないかな、というほど動きがきびきびしていて理解力があります。このNちゃんの理解力ですが、私が見た限りでは、かなりのことを理解することができます。普通の子とどこが違うのか・・・・というと、それは理解するのに時間がかかる、ということです。ちょっと聞いただけですぐわかるようなことでも、Nちゃんには何度も何度も説明して繰り返していかないと理解することができません。しかし、理解できないわけではなく、理解できるのです。私はただ時間がかかるだけなのだなぁ、と思っています。

ピアノレッスンを始めた頃、お母様が「Nちゃんは図形が苦手なんです。だから楽譜を読めるようになるのは無理かもしれない。」とおっしゃいました。しかし、今Nちゃんはト音記号のドレミを読むことができます。これは、Nちゃんの頭がとても冴えていて、集中力を発揮することが出来た状態のときです。他の音符に関しては、順番に並べられていれば読むことができますが、バラバラになるとわからなくなってしまいます。しかしドレミが読めるようになったということで、時間をかけていけば読めるようになるのではないかな、と思っています。

また、このNちゃんは知的障害だけではなく、視覚にも障害を持っています。視力も弱く眼鏡をかけているのですが、それだけではなく視野が狭いのです。私たちは普通180度以上の視野を持っていますが、Nちゃんの視野はこれくらいしかありません。(100度くらい)そのためか、視線はキョロキョロしているか凝視しているかのどちらかで、スムーズに視線を動かすということが苦手なように感じます。この視点が定まりにくい、ということがもしかしたら楽譜がなかなか読めるようにならないことや、精神的に少し不安定だったりすることに関わっているのかもしれないな、と感じています。この視覚障害、レッスンで気をつけなければならない点がでてきます。例えば、「Nちゃん、楽譜を見て」と声をかけても、全然違うところを見ていたりするんですね。ですから、私の指をNちゃんの目の前にまで持っていって、Nちゃんの視線を私の指で楽譜の方にまで導いてあげます。これは「先生のお手手を見て」などといったときにも使っています。そうすると、Nちゃんの視線はそちらに導かれ、そちらに注意を注ぐことができるようになります。

このようなNちゃんの教材には「リラ・フレッチャー」を使用しています。この教材にした理由は、まず4才の妹と違う教材にしたかったから。同じ教材にしてしまうと、進度が目に見えてわかってしまうからです。そして、Nちゃんは最初から5本の指を動かしたがりました。この教材は最初から5本の指を動かすので、調度よかったのです。また、私は「ミュージック・ツリー」という教材を普段使用しているのですが、この教材は88鍵すべてを使用するようにできています。なので、オクターブの移動がよく出てくるんですね。しかし、この移動、Nちゃんにはとても難しいのです。そこで、一つの曲はこのポジションで、といったポジションを動かさなくてすむ教材にしました。この教材、最初に毎日の運動がついていて右手ドレミファソ左手ドシラソファでの運動になっています。最初の方の曲もすべてこのポジションです。しかし、思ったんです。ピアノはこのポジションで弾くものなんだ、とNちゃんが思いこんでしまったら、後で私は苦労するな・・・と。そこで、毎日の運動の中にもう一つのポジション、右ドレミファソ左ドレミファソを取り入れることにしました。「ドレミファソファミレド」「ソミファレミレド」「ソファミファミレド」など簡単なフレーズを作り、毎日の運動に取り入れています。

最初にレッスンしていて気づいたことは、筋力をコントロールするのが苦手だということです。これは知的障害に関わる仕事をしている友人にも聞いたのですが、やはり知的障害者全般に言えることらしいです。Gくんの場合も、つま先足で歩くクセがあり、足の筋肉が固まってしまうんですね。そこで、養護学校からお家でマッサージする方法を教わったとお母様がお話してくれたことがありました。Nちゃんの場合もやはりそうで、最初鍵盤の上に指を置いたときこんな状態でした。(指と指がくっついて力が入った状態)そこで、最初のレッスンは、指と指の間はあけようね、一つの鍵盤に一つのお指だよ、から始まりました。そうすると、Nちゃんは口でもごもご「一つの鍵盤に一つのお指・・・一つの鍵盤に一つのお指・・・」と唱えながら、一本一本丁寧に鍵盤に指を置いていくんですね、15秒くらいかけながら。そして、やっとポジションに手が置け、1音弾きます。そうすると、他の指がまたくっついた状態に戻ってしまったりして、最初はなかなかできるようになりませんでした。しかし、今ではそんな苦労をせずにきれいな手の形でピアノを弾いてくれています。

Nちゃんにはもうひとつクセがあります。それは音を保持してしまう、というクセです。例えば4分音符のドレミファソがあったとすると、ドの音だけまるで全音符のように伸ばしたまま他の音を弾いてしまうんですね。これは、1曲中4,5カ所出てきてしまい、毎回必ず同じ音を保持してしまいます。何か法則があるのかなぁ、とも思うのですが、まだ発見していません。最初は手の形、指の形を指導するだけで、Nちゃんにとってはいっぱいいっぱいかな、と思っていたのですが、あるときお母様がレッスンノートに「音を伸ばしてしまうようです」と書いてきてくださったんですね。そこで、もうそろそろ教えても大丈夫かな、ということで少しずつ負担にならない程度に注意するようになりました。最初は音を伸ばしている、ということがなかなか理解できませんでした。そして、理解できるようになっても指が思い通りに動いてくれず、とても苦労しました。そこで、私が指を持ってあげて感覚で教えてあげるようにしました。少しずつですがわかってきて、今では「音が伸びてるよ」というとすぐに鍵盤からその指を離すことができるようになりました。

こんなNちゃんの精神状態ですが、NちゃんはGくんと違って周りの状況を把握することができるんですね。ということは、自分は何をやっても周りの子よりもできないということを認識しているということなんです。これはNちゃんにとっての大きな心の傷です。小学3年生になって、お母様が最近精神状態が不安定なのだと教えてくださいました。これは、このような認識があることも影響しています。

そして、精神年齢がとても幼く感じることがあります。これは、Nちゃんが理解できること、ひとりでやれることと比べると、とてもアンバランスな感じを受けています。それに比べてとても幼いんですね。例えば、すぐにぐずる。こんなことがありました。レッスン前日にお父さんに寝なさいって言われて練習できなかったんですね。レッスンでずっとそのことを口にしてぐずっているんです。お母様と一緒に「ここで一緒に練習すればいいじゃない」「一緒にやろうよ」などと励ましても、気分はもとにもどらず、結局30分のレッスンが成り立ちませんでした。このようにすぐに体をくねらせてぐずったり、床に横になってしまったりすることがあります。また、年下の女の子を「お姉さん」と呼ぶこともあります。赤ちゃん言葉とまでは言いませんが、幼い言葉を使うことも見られます。そして、幼児の特徴の一つである「アニミズム」が見られます。このアニミズムとは、すべてのものに生命が宿っているとする考えのことです。例えば3,4才児にぬいぐるみで「こんにちは。一緒に遊ぼうよ」と話しかけますね。そうすると、幼児は声を発している私の顔を見ずに、まるでぬいぐるみが生きているかのようにぬいぐるみに話しかけ始めます。これが、5才くらいになると「今の先生がしゃべったんだよ」なんてクールな答えがかえってきたりするのですが。このようなアニミズムがNちゃんには見られるんですね。そこで、レッスンではこのアニミズムを利用した声かけなどもします。「お人形さんがNちゃんのピアノ聴きたいって。」「お人形さんにこの音なんの音か教えてあげて」など。ぐずっているときなどに使います。

このように、まだまだ幼いNちゃんですが、ひとつのことに対する固執度というか集中力はすごいものがあります。長い時間集中力が持続するわけではありませんが、「これだ!」と思った1点にこだわるんですね。そこで、レッスンでは一つの曲に対し、直すところは一つに絞るようにしています。そうすると、大抵その時期に言われることはどの曲にも言えることで、毎回毎回のレッスンでテーマができあがったりするんですね。例えば、手の形、指の形、テンポをどんどん速くしていかないなど。ひとつの事に対する集中力がすごいので、これらのことはあっという間になおしてきてくれます。

このNちゃん、先日ピティナのステップに参加しました。当日演奏する曲は2曲、しかもポジションの違う曲だったので、当日上がってしまい混乱しないかどうか不安だったので、念のため審査してくださる先生方にはお伝えしておいたのですが、私の不安をよそに、とても上手に演奏してくれました。本人もよくできたと思っていて、「また参加したい」「楽しかった」と嬉しそうにしてくれました。とてもやりがいを感じてくれたようです。先ほどNちゃんの心の傷についてお話しましたが、ピアノを弾くことによって少しでも自信をつけてくれたらな、と願っています。

最後に、今抱えている心配ごとについてお話したいと思います。Nちゃんには4才の妹がいます。この妹、上二人が知的障害児ということで、とてもしっかりしているんですね。そして、理解力もあります。そして、音楽が体に染みついています。レッスンの進みはとても早く、いずれ教材を違うものにしていたとしても、明らかに妹の方が弾ける状態になっていくと思うのです。このとき、せっかくピアノで自信をつけてもらいたいと思っているNちゃんへの対応をどうしたらよいか・・・。これは、今後お母様と相談していきながら考えていかなければならない課題だな、と思っています。