料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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おもろいお客さん
 これはクリクリで働く江木芙美子から見た、おもしろいお客さんと、おもしろいマスターの姿です
 
 
 
ハガ サンボン
 イラストレーターのイソさんと歯の話になった。
「ぼくの歯は七本しかないんですわ」
 丸いめがねのイソさんがちょっとまじめな顔をして言った。見たかぎりでは歯がないようでもない。奥の方がないんだろうか。それとも義歯ばかりで自分の歯が七本しかないという意味だろうか。いずれにしろ気の毒で「どれどれ」と口を開けさせることなどできるものではない。
 私は舌の先で自分の歯を数えてみる。二十八本ある。少しでも治してある歯をのぞいても二十本はある。八本治療しているのを多いと考えるか少ないと考えるかはさておき、イソさんのことを思うと上には上がいるものだ。
「ぼくは歯医者が嫌いでよう行きません。行っても診察台の上でこう硬直してしまって、両手いっぱい汗かいて。麻酔なんて言われたら気絶してまう」
 イソさんは診察室にでもいるかのように両手をしっかり握っている。メガネの奥の目もメガネのように丸くなっている。それからこぶしの片方を上げて帽子を少し後ろにずらせた。頭にいっぱい汗をかいているのだ。
「よう言うでしょ、痛かったら左手上げてくださいって。そんな余裕ないよね」
「痛いとき左なら、こわい時は右手を上げるのかしら」
 イソさんは私の質問を無視して先を続けた。
「知ってはりますか?うちとこの弟なんか歯が三本しかないんですわ」
 そんなもん知るわけがない。
「すぐ歯がグラグラになって、自分でスッポーンと抜いてしまうんですわ」
 上には更に上があるものだ。
「それでね、弟はあんまり歯がないもんやさかい、女性と会うときには自分で歯をつくるんですわ」
「じ、じぶんで歯を?」
 
 
    * * *
   
 
 
 イソさんの弟さん、わかりやすくハガサンボンと呼ぼう。そのボンは四十をいくつか越しているが独身である。それを苦にして母親が見合いをさせるらしい。するとハガサンボンは石膏で歯を造って口に入れていくという。しかしそういう場合、笑ったらどうなるのだろう。ガバッと膝に落ちたりしないのだろうか。いずれにしろ大笑いはさけるべきだろう。食事のときはどうだ。スープを飲みながらカツンとスプーンが石膏に当たったりはしないかしらん。見合い相手はさぞ驚くだろう。だから高級フランス料理店に行ってはいけない。大阪名物のお好み焼きがよろしかろう。万が一石膏が欠けてもマヨネーズの色に紛れて気づかれない。しかし自分でも気づかずにマヨネーズといっしょに食べてしまってガリッとまた欠け、あわてれば反対側がまたまたガリッ。そのうち元の三本に戻って破談になっても、それはハガサンボンの責任である。歯などスッポンスッポン抜くものではない。
 
 言い忘れたが、ハガサンボンは造形作家である。昔、工員をしていて、ある時それが嫌になってやめてしまったという。それから家で変なものを創り出したが、東京のある公募店に出品したら入選してしまった。
「その作品だって、ボクに模型持ってくよう頼むんですわ。なんやらおむすびみたいなもんをビニールで包んで糸で吊るしたケッタイなもんで、ボクは恥ずかしいて恥ずかしいて。だから受付ちゅうんですか、あそこで何遍も言うたんですわ,これ知り合いに頼まれたものでボクの作品とはちがいます。ボクは画家ですから、こういうものはちっとも創りません、これ頼まれただけです、て。それが入選やろ、驚いたのなんの。しかも制作費が三百万円も出るというので弟は飛び上がって喜んで…」
 ははあ、そのときだな大量に抜けたのは。だから、男たるものいつだって地面に足をつけて踏ん張っとかなあかんのや。
 
 しかし喜んだのもつかの間、本制作にかかる費用を計算したら三百万ではあがらないことが判明した。さあ、それからハガサンボンは制作費を切りつめようと、少ない歯を食いしばって東奔西走。結局、以前働いていた工場で百五十万円で請け負ってもらって手元には百五十万円が残り、歯は三本しか残らなかった。
「弟はお金の出ない展覧会にはちーっとも出しませんねん。もう、しっかりしてるわ」
「その儲けの百五十万円でさ、歯を入れればよかったのに。きっと素敵な総入れ歯ができたわよ」
「なるほど。でもそうするとあいつはあと三本、スッポンスッポン抜かななりませんな」
 
 
     
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