料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI
   

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  不機嫌な客  
     
   その不機嫌が客が入ってくると、何だか店中が不機嫌な雰囲気になってしまう。
 まず、不機嫌に週刊誌をポンとテーブルに投げて座る。座りかたも不機嫌きわまりない。ななめにすわって足を組む。組んだ足の間に大きな三角ができる。上になったほうの足が貧乏ゆすりをしている。

 メニューはろくに開かない。注文をとりにいくとビールと言う。ビールを注ぐときも投げやりである。泡ばかりがゲボゲボとたつ。あれでおいしいのだろうか。
 そのうちあごをしゃくって呼びつける。隣のテーブルをさして「あれ」と言う。隣の客はカキ食う客だ。
 しばらくして不機嫌の前に生牡蠣がでる。不機嫌は週刊誌を見ながら口に運ぶ。ボタボタと週刊誌の上に血のようなカクテル・ソースがこぼれる。むろん気にするタマじゃない。だが、最初の一口だけであとは料理に手を出さない。牡蠣が好物ではなかったか。それ見ろ、他人の食べてるものは旨そうなのだ、心しておけ。
 吸い口が牡蠣くさくなったタバコは灰皿におきっぱなしである。紫煙がゆらゆらと不機嫌の顔をなめる。顔がけいれんし始めた。片目なんかウィンク状態。ケムリガ目ニシミル。けむいなら消せ。

 携帯を取り出す。大声で「一千万だ、一千万」と言っている。隣のカップルが驚いたように不機嫌の方を見る。不機嫌がジロッと見返す。カップルはあわてて首の回れ右をする。
 電話が終わるとトイレに入る。なかなか出てこない。なにしてるんだ男のくせに。一千万をひねり出すべく沈思黙考してるのか。待ちきれない人がトントンとやる。するとぬっと不機嫌な顔で出てくる。トントンの人はたじたじとなって「すいません」と下向いて言ったりする。
 テーブルにもどると「水」と言う。あれだけビールを飲んでまだ水不足か。水を一気飲みするとタバコをもみ消し怒ったようにバンと立ち上がる。レジで「勘定」と言ったまま貧乏ゆすりしている。よほど貧乏らしい。一千万はどうしたんだ。やはり流しちまったか。

 週刊誌はテーブルに投げ捨ててきた。たまに競馬新聞のときもある。いずれにしろクチャクチャに丸まっている。さぞ読み難かったことだろう。顔面神経痛になるわけだ。消したはずのタバコはまだテーブルでいぶっている。
 不機嫌は釣り銭をひったくるようにつかむと、口をへの字に曲げて出ていく。どうみてもこの店には二度と来ないぞという雰囲気である。
 しかし、これがまた必ず来るのだ。
 
 
    * * *
   
 
   ある時、不機嫌が人を連れてきた。この人は不機嫌の上をいく不機嫌である。不機嫌のほうはいつもよりずっと機嫌がいい。なんと笑顔まで見せている。そんな顔もあったのかあ。
「というわけで○○さんとこへお願いしたんですけど、事情が事情でがしょ?なかなかうまくいきませんやね。ヘッヘッヘッ。そこで、なんですが、その、ここいらで少し社長さんにお助けいただけないかと……へえ」
「まあね、うちも商売ですから、いやとは言いませんがね、いやとは」

 上をいく不機嫌は自分のアゴをグローブのような手でなでまわしている。口をななめに開き、黒ずんだ下歯が右へ曲がったり左へ曲がったりしている。
「お願いしますよ、イロをつけますから」
 そこで上をいく不機嫌の顔がやや和らいだ。それを見て不機嫌はここぞとばかりビールをすすめている。それからアゴで私を呼んで、
「なにかツマミ。牡蠣じゃないやつ」
 やっぱり牡蠣は嫌いだったんだ。
「なにかと言われましても……」
 私は親切な店員ではない。
「じゃあ、あれ」と、またしても隣の席の皿を指す。
「あれも牡蠣ですよ。牡蠣のソテー」。私は勝ち誇って言う。
「ああ、牡蠣いいねえ。わしゃ牡蠣大好物なんじゃ」
 上をいく不機嫌が機嫌よく言った。
「そうそう、うまいですよねえ牡蠣は。季節だしね。じゃ牡蠣」
 不機嫌は上をいく不機嫌に機嫌のよい顔で、私には不機嫌な顔で言った。器用なやつ。
「ばーんと三人前くらいもってきてよ」
 上をいく不機嫌がなお機嫌よく言った。自分が代金を払うわけじゃないんだしね。
「ばーんなんて言うなら十人前とかじゃないですか?」
 私は言わなくてもいいことを言ってしまう。
「ハハ、そうだよね。じゃあ、ばんばん十人前」
「あいにく、そんなにありません」。私はこれが言いたかった。
「ねっ、不機嫌な女でしょ。やな店だ実に」
不機嫌が言う。私は「あれまっ」と思っている。
 
 
     
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