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仲のよい親子というものは今でも意外にいるだろうが、しかし、それが父と息子である場合はやはりまれである。
ムラキさんたちは、そのまれなる親子なのである。父親のほうのムラキさん(以後、父ムラキと書く)は会社を子ムラキにまかせてユーユー自適の隠居生活である。もっとも本人はちっとも隠居に甘んじてはいない。しょっちゅう会社へ赴いては仕事にわがままな口をはさむ。子ムラキは黙ってそれを許している。
休日には温泉めぐりをする。天気が悪いときには、自宅の風呂に温泉の元を入れて楽しんでいる。若いときに大病をしたとかで、健康にはたいそう気をつかっているのだ。
今日はムラキ邸の浴槽に硫黄の匂いが充満している。今しも父ムラキは深呼吸をして硫黄の精分を体内に取り込んでいるところだ。横では子ムラキが孫ムラキを湯に入れている。言い忘れたが、子ムラキはバツイチで、一人息子を引き取っている。
父ムラキは世の年寄りのように孫に関心を持つことはない。男子たるもの、もっと大きなことを考えるべきだと思っている。もっとも今は硫黄のことしか考えていない。
「硫黄はいい。わしゃあ、硫黄の温泉が一番好きじゃ」
誰にともなくそう言って、父ムラキは手拭を頭にのせる。満足そうな父ムラキの「ウーム」という声が何度ももれる。
さて温泉の効果てきめん、湯から上がった父ムラキの肌はピカピカである。ついでながら頭上もだいぶピカピカである。
鏡にうつった父ムラキの顔は紅顔の美少年といっても過言でなくはない(自分で自分のことをどう思おうと勝手なのだ)。しかしまあ、確かに整った顔だちの父ムラキはいまだ壮年のおもかげを色濃くとどめ、とても八十過ぎには見えない。
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