料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI

   
   

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謎のチクラ君
 

 チクラ君は謎につつまれている。
 だいたい顔が謎である。どこの国の人か見当がつかない。まずもって日本人には見えない。かといって、アメリカ人やヨーロッパ人に見えるわけでもない。東南アジア臭もない。強いて言うなら、太平洋のどこかの島の匂いがする。おおらかで明るくて、細事に無頓着である。
 食事 をしていても、気がつくと手で食べている。口元は袖で拭く。そのくせ食後のコーヒーをすすっている姿はノーブルだったりする。窓の外に目をやる横顔の、高い鼻が印象的だ。憂愁さえ感じられる。女性の姿が横にないのが不思議である。だが次の瞬間、
「あ、つまヨージちょうだい」
と、自分が女性のような声をだす。楊枝を手にすると、外を見ながらシーハー、シーハーやっている。女性の好む姿ではない。横にいないのも不思議ではなかった。
 年齢も不明である。若づくりだが、本当は中年なのかもしれない。

 なじみのスタイリストに連れられて来て、「はじめまして、チクラです」 と挨拶したとき、私はカタカナしか思い浮かばなかったが、マスターは「乳倉」と想像してニヤニヤしていた。
「千の倉と書くんです。田舎には畑しかないんですけどね」
 チクラ君はおおきな二重まぶたを持ち上げてほほえんだ。どうやら冗談を言ったらしい。だれも笑わなかった。チクラ君は爆発したようなレゲエ頭を掻いた。チクラ君は小さな演劇集団の団員である。俳優ではなく美術担当だそうだ。しかし手がなくて時々、端役で舞台に上がっている。
 チクラ君が、あるとき、つるっぱげで現れた。今時、金髪だろうがつるっぱげだろうが驚くほどのことでもないが、チクラ君の坊主頭は異様である。やはり南海のタコ坊主になる。かっぷくのいいチクラ君の頭は人より図抜けて大きいからいやでも目につく。見るとそのまま目が離れなくなる。光り具合がトリモチのようにねばついている。悪いなと思ってもじっと見てしまう。するとチクラ君が八手のような手で、つるりと頭をなでた。あわてて目をそらす。そらしながら「かわいそうに、なにかよっぽどのことがあったんだ」と思ってしまう。坊主を見ると、最後には「頭を丸める」というイメージにたどりついてしまうのは我々の世代の特徴かもしれない。
 しかしどうやらこの時、チクラ君にもよっぽどのことがあったのだ。
「久しぶりねえ、どうしてたの?」
 こちらの感慨はおくびにも出さず、ことさら明るく、頭のことにはわざと触れない。
「ちょっと、入院してた」
「えっ、どこが悪いの?頭?」
 つい聞いてしまった。
「それが、わからないんだ」
 女性的な声がつぶやいた。

 チクラ君によれば、ある種の中毒だという。それも巧妙に盛られる毒が原因らしい。誰が盛るのかと聞けば、それがわかれば苦労はないと、間延びした答えが返ってくる。少しも苦労しているようではない。
 チクラ君は独身のひとり住まいである。誰かと言ったって、誰もやりようがない。その辺をにわか探偵、鋭くついてみる。
「食べ物に入れなくてもいいんだ。例えば洋服なんかになすりつけておく。最初はなんということもないが、着衣してしばらくすると体温で温められて毒が発散する。それを知らずに吸い込んでしまう」
「ふんふん、ありうる。ありうる。ほら炭そ菌なんてあったじゃない」
 キッチンで新聞を読んでいたマスターが割り込んでくる。
「耳の垢ほどでも、それが身体につくと死にいたるんだな。そして誰も原因がつかめない。ふんふん、こりゃあ面白くなってきたぞ」
「そうでしょ。医者もそう言うんですよ。だって他にそんな毒が入りようがないんだから。かなり特殊な毒らしいって。これは巧妙に仕組まれた殺人なんだ」
「でも理由はなんなのよ?」
 私はK−1ファイターのように頑丈な身体つきのチクラ君をじろじろと見ながら言った。
「自分で言うのもなんだけど、イケメンかな。つまり妬み。あ、エスプレッソね」
 注文は無視して、なおも聞く。
「どうして警察に届けないの」
「証拠がなければ、警察も腰をあげてくれない」
 他人ごとのようである。彼の悠長さに腹が立ってくる。
「だって死にそうになったんでしょ?」
「そう言ったって、わからないんだから仕方ないじゃない」
 チクラ君がつま楊枝をポケットから引っ張り出して使い始めた。
「だからさ、死んだ時によく調べてもらいなよ、警察に」
 マスターが真剣な調子で言った。
 チクラ君は「?」という顔をした。

 

 
 
     
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