料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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キンモクセイ
 昨夜、自由ヶ丘を歩いていたら、どこからともなく甘い香りがしてきてハッとした。キンモクセイが匂えば母の命日が近いからだ。

 母は名もない下手な歌詠みだったが、サクラとキンモクセイが好きだった。よく歌にもしていたと思う。思うというのは、私は不肖の娘で、母の歌などまるで無関心であったからである。幸い、サクラの方は、お茶などしている私のためにと短冊に書いてくれたいくつかが存在するが、キンモクセイは母が自ら声を出して朗んでくれた記憶が一度あるのみで、それさえハエの羽音ぐらいにしか思っていなかったわけだから、内容や数など今さら推し量る術もない。

 晩年の母は度たび「死」を口にしたが、取りあわない私に嘆息した後、決まってこう言うのだった。「サクラは西行、あたしはキンモクセイの咲く頃に死にたい」
 そして本当にキンモクセイの盛りに死んでしまった。知人が見舞いに持ち込んだキンモクセイの小枝を母はどのような気持ちで眺めていたのか?
 看取ったのは私一人、骨を拾ったのはたった三人。それでも膝に乗せた骨壷が、はしゃいでいるように熱かったのが忘れられない。

 思えば、楊貴妃も好きだったという金木犀は母の生涯にこの上もなく似つかわしかったのではないだろうか。最後まで無邪気な恋をし、厳しいほどの美意識をつらぬいた誇り高い母が楊貴妃という名を嫌いなわけがないからだ。そのことを知ったらどんなに喜んだことか。いや、私の無学ぶりを常に嘆いていたくらいの母である、そのくらいの知識は持ち合わせていたやもしれぬ。

 母が残したものもまたキンモクセイであった。根が大きくなりすぎたのか、割れてしまった大鉢をガキガキと不器用に針金で補強してあった。こんなところにも他人にものを頼まない気丈さが現れている。それとも、娘に遠慮してのことだったか。

 今それは山梨県の借家の庭で息もたえだえに立っており、私はふたたび母をさびしく死なせてしまうのかもしれないという不安の中にいる。 (2002年9月24日)
 
金木犀 モクセイ科  常緑小高木
 日本には雄株しか渡来していないので雌花はなく果実もみられない。
 
 
     
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