料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ロウバイ

 京都では暮れから1月にかけて蝋梅が咲く。なぜ京都と書いたかというと、一人の素晴らしい京都の詩人が死んだ日、庭の蝋梅が満開だったからである。


 詩人の名を大槻鉄男といった。
 彼を知ったのは、私がまだ十代の頃である。彼にはフランス時代からの親友が二人いた。東大で教鞭を取る数学者と、奔放な女性の絵を描く画家とである。若い私は彼らのマスコット的存在で、どこへ行くのも付いて行ったものである。どこと言っても大概は、どぜう屋か一杯飲み屋、たまに雰囲気のいいバーに行くかと思えば、それは画家の絵が置かれている所に限られていた。


 そういった店で三人はボソボソと何時間でも飲み続ける。文学論が多かったが、下世話な話も彼らの口から発せられるとソフトで魅力的なものになる。それを密かにフランスの香りと呼び、憧れていたものだ。
 当の私は飲むでもなし話すでもなし、本当に人形のようなものであった。たまに生意気なことを言うと、そのトンチンカンさがいたく先生方のお気に召したようでもあった。


 断っておくが、私がマスコットになったのは、飛びぬけて可愛かったり美人だったりしたためではない。もちろん相応の可愛さがあったと自負してはいるが、それは誰にでもとって替れるほどの程度であった。つまり、無垢な年代の、ちょっとコケティッシュな娘なら誰でもよかったのだ。しかしたまたまとはいえ、素晴らしい先生方に可愛がられたことは、こちらにとっては幸運であった。私は大の絵好き詩好きの娘であったから(数学はまるでだめだったが)。

 大槻先生が死んでしばらくしてから、お宅へ伺ったことがある。奥様が「あの蝋梅が満開で・・・」とおっしゃったその木は、縁側からさほど遠くないところに枝をボソボソと広げて蹲っていた。その時から蝋梅は私の中でただの蝋梅ではなく、どこで見かけても、その不思議な黄色が大槻先生の死、いや詩の結晶のように思われるのである。


「・・・数本の庭木が黒い焼けあとに 緑の葉をそよがせていた 
 少年は一人町を行くとき 
細い骨の銀が月光にきららかに輝くのを見た 」

大槻鉄男「何者の急な旅立ちか」より抜粋 (2002年12月28日)

 
蝋梅 ロウバイ科 中国原産で日本に野生はない。 名については花弁が蝋のようだというのと、蝋月(旧暦12月)に咲くところから出たという2説がある。
 
 
     
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