料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ジンチョウゲ

 

 

 女は沈丁花の下にいた。
  そこはかなり広い寺で、女が入り込んでいた背の低い木は入り口の近くにあった。その時まで花が咲いているのを知らなかった。窮屈なところに這いつくばって顔だけ出している女を怪しんで見ている私たちのところに沈丁花の香りが届いたのである。


 「化け猫」と子供たちが名付けたその女が、いつもその寺にいたかどうか分からない。ただ、学校の帰りにはよく女の姿を見かけた。公孫樹の幹に寄りかかっていたり、ころがった墓石に腰掛けていたり。小太りで首の周りにチョウの羽のような透けた色合いのネッカチーフを巻いていた。
  着ているものは和服である。冬でも素足だったが下駄やサンダルをはいていたのかどうか。

 女は長い髪を束ねていたが、寝転んだりするせいか、いつも顔の周りがパサパサと乱れていた。年齢はわからない。ただ、ひどく美人だったように思う。大きな目とつるんとした頬が魅力的だった。それは大人の目にもそう映るらしく、商店の青年などが卑猥なことを言っているのを耳にしたこともある。

 夏になっても何故かネッカチーフだけははずさない。子供たちは憶測に忙しい。「きっと傷があるんだよ」私はませたことを言った。「何の傷」と隣の功ちゃんが訊く。それに答えることはできなかったが、心の中では男がつけた傷だと決めていた。

 女は子供の姿を見つけるとコソコソと沈丁花の下にもぐりこむ。細い枝がバキッと折れ、ネッカチーフがひっつれて首を締めるような形になる。そんなこんなを、子供は遠巻きにみつめている。女と同じように大きく目を見開いて。
 時計が止まったようなあの見つめあいは、少し愛に近かったかな、と思ったりする。

 その女と銭湯で会ったことがある。皆、それとなく避けて、女の周りには私と母だけがいた。身体を洗ってもらいながら、私はそっと女の首筋を見た。いつものネッカチーフは頭の上で髪を束ねていた。そして、傷はなかった。ただネッカチーフの跡が白い線になっているだけだった。
  やがて母が何か話しかけて女の身体を洗ってやった。垢が山ほど出たので私はびっくりした。
  しばらくすると同じような体格のおばさんが着衣のまま風呂場に入ってきて女を無理やり連れて行った。なんだか皆、ぽかんと見ていた。母もいくらか口を開けて見送った。
 

 その後、女の姿を寺で見たのかどうか。
 とにかく沈丁花の香る季節になると、大きくうるんだ目を思い出してしまう。(2003年3月25日)
 

 

 
沈丁花 ジンチョウゲ科。中国原産。雌雄異株。日本には雄株ばかりで実はつかないが、まれに1センチほどの実がなることがあり珍しがられる。
 
 
 
     
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