料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ユキツバキ

 久しぶりの晴海公園はピンクの椿が真っ盛りであった。ユキツバキというのだろうか。脇には普段は使われない広い駐車場があるが、そこに大量の土が盛られていた。いよいよ何か建つのかもしれない。

 雪と椿とくればあの人だろうと筆を執る。名前は覚えていない。ただ色が白くて口紅がべったりと紅色だったので勝手に雪椿を連想した。だから仮に椿さんと呼んでおこう。
小学校の時、両親と毎年のようにスキーに行っていた。椿さんは継父の知人で、その日ゲレンデで引き合わされた。母も初対面のようだった。椿さんは美人だったが継父よりも十歳も、ひょっとして二十歳も上のように見えた。椿さんにはお供が一人いて、弟だと紹介された。何故か子供の私はそれを嘘だと思った。どこかで椿さんのことを好ましく思っていなかったのかもしれない。
 
  当時の私は、母だけを信じ母だけを守ろうとする意固地な子供であった。もちろん継父の暴力ということはあったが、継父をそこまで追い詰めたのは母の実父への断ち切れない想いかもしれないと今の私なら考える。でも子供時代には夢にも思わないことである。ただただ、叩かれる母が哀れであった。だから母を悲しませる人はみんな敵のように思っていた。椿さんが継父とどのような仲なのかは知らない。しかし真面目な継父が他の女性と何かあるわけもない。椿さんには継父におもねる風が見えたから、商売上の付き合いだったのかもしれない。
 椿さんはスキーが得意ではなく、いつも私と取り残された。椿さんのほうも何か感じるらしく私に話しかける風はない。

 午後になってみんなでリフトに乗った。まず継父が行き、それから母と私が一緒に乗った。後ろは椿さんと弟である。しばらくすると「ひえーっ」という高い叫び声が聞こえた。振り返ってみると椿さんが笑いながら叫んでいた。私はあきれて横の母を見た。母はまっすぐ前を見ていた。途中から継父たちは次のリフトに乗り換えた。今度は私と母が残された。母に支えられながらゆっくり滑り降りてくると、帰りのリフトに椿さんが一人で乗っているのが見えた。また「ひえーっ」とやっている。すると誰かが「大丈夫ですかーっ?」と大声を出した。椿さんが下に落ちたのだ。幸い大きな怪我はなかった。もうリフトが低かったからだろう。椿さんは少し腰を打っちゃってと情けなさそうに笑った。母が腰をさすってあげる「すいませんね、奥さん、すいませんね」と繰り返した。私もたまらなくなって椿さんの背中をなでてあげた。すると椿さんが腕を回して私の手を握った。なんだか涙が出そうになった。
 
  リフトから落ちたことは継父たちには言わなかった。腰が痛いのは滑って転んだということになった。やっぱり嘘をつく人だと思ったけど、それほど嫌な気分にはならなかった。別れるとき手を振ると、椿さんは紅色の口を大きく開けて嬉しそうに笑った。(2010年12月18日)

ユキツバキ ツバキ科 椿は大きく分けると雄しべの元が筒になるヤブツバキと、日本海側の雪国に主に分布し筒にならないユキツバキとに分けられる。ユキツバキは変異が多い。 

 
 
 
 
     
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