料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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花族
 
 
 

 農家を借りていた頃は庭に竹薮があったので、縁側でせっせと墨竹を描いていた。その竹薮も今は跡形もなく消えてしまったが。

 K先生の朝鮮陶磁の教室に会社をリタイアしたTという男性がいた。脳溢血で倒れて杖をついていた。あるとき家へ招待された。友人と私の主人と、三人で出掛けて行った。庭の広い邸宅には上品な奥さんがいて、にこやかに迎えてくれた。お土産のケーキと奥さんの淹れてくれた美味しい紅茶で座がひときわ盛り上がったことを覚えている。
 それからはよく葉書をくれるようになった。年賀状はもちろん、旅行先や美術展の絵葉書を送ってくれる。右手が不自由なのでワープロ文字を印刷して葉書に貼り付けてある。私の方は墨竹の絵手紙を何枚か送った。
 

 数年後、身体が動かなくなったので夫婦で自宅近くのホームへ入ったと知らせが届いた。主人と訪ねてみると奥さんの姿が見えない。倒れて入院してしまったという。Tさんは混乱していたのだろう、口から涎を垂らして会話もままならない。見るに忍びなくて早々に引き上げた。ほどなく今度は友人と訪ねてみると奥さんは亡くなっていた。それでもいくらか落ち着いたのか、俳句の書かれた短冊を出してきて、ポツポツと解説をしてくれた。
 間もなく葉書がきた。「お菓子が美味しかったので、また持って訪ねて欲しい」とあった。今度は一人で持っていくと嬉しそうに食べ、安心したように車椅子の上で舟をこいだ。
 
  また葉書がきた。「お菓子の味が忘れられないので、是非同じものを願いたい」
 いよいよ楽しみは食べることだけになってしまったのかと、日を空けずに持って行った。受付で名前を書いていると職員が、「甘いものは持ってこないでください」と言った。「ご家族が止めるようにとおっしゃってます。こちらでもお三時はお出ししてますので」
 お子さんやお孫さんが毎日のように訪ねていることを初めて知った。ほっとすると同時に疲労感にも襲われた。部屋が二階へ移っていて、開けっ放しのドアの向こうに元気そうな彼がいた。「甘いものはお体にさわるんですって。今日が最後ですよ」とお菓子を小さく切ってあげると黙って食べていた。廊下に目を移すと、ソファで口を開けて眠っている老女たちが見えた。昼寝の時間なのだろうか。手前には車椅子の老女が頭をのけぞらせて、やはり口を開けている。苦しそうな顔つきが眠りの重さを示していた。ふと、手術室から出てきたときの母の顔を思い出して、こちらも苦しくなった。
 しばらくすると若い女性職員が境の暖簾を上げて何か続きの話をした。Tさんはカメラでその職員の写真を撮った。近頃カメラに凝ってるんですよと職員が説明してくれた。
 家に戻ると、追いかけるように「お菓子を」と葉書が届いた。私は返事を出さなかった。 

 あれから何年が経つだろう。八年、九年・・いや十年になるだろうか。いつの間にか葉書は来なくなった。年齢から亡くなっている可能性もある。
恵まれた環境にあったとはいえ、病気の老人である。求められていた以上、なにか別の形で応えてあげることができなかったのかと今ごろ自分を責めている。(2011年1月11日)

 イネ科で木質多年生の茎を持つものの総称。熱帯から温帯に多く、日本ではモウソウチク、マダケ、ハチク、クロチクなどが普通に見られる。

 
 
 
 
     
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