料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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躑躅(ツツジ)

 小学校の三年生で自転車を買ってもらった。練習場所は東大の赤門前から正門までの歩道である。乗れるようになると一人で湯島天神や後楽園、根津神社などへ行った。どこも坂道があるので大変だった。根津神社の近くには知り合いの家があった。夏の行き帰りには神社の境内で涼んだものだ。今のような形に躑躅が植えられていたのかどうか記憶に無い。成人してからも行く機会が度々あったが、不思議と躑躅の時期には縁が無かった。

 そこで今年こそはと思い立って三度も行った。最初は少し早くて境内にある植木屋の躑躅ばかりが満開であった。次はゴールデンウィークの最中だった。雨天で人は少なかろうと踏んだら沢山いた。しかも満開ではなかった。最後は八日後になってしまった。花の量は前回と変わらなかったが、勢いが違った。盛りを過ぎて花が落ちたのだ。人出も少なく、境内にあった植木屋も屋台もすっかり姿を消していた。私には充分であったが、それにしても皆よく知っているなと感心する。長く持つように思う躑躅のような花でも、満開は一時のことだということを。
 さてこそ花とは不思議である。まだだと思っても内部に満開の気が充満し、真っ盛りであってもどこかに落花の兆しを見せている。満開を頂点とした瀬戸際のドラマが、花の数だけ存在するということだろう。

 道中いつも須藤公園で休む。ここは小さいながら深山の風情がある。木が多く、高低差があるせいだろう。滝も流れ、こじんまりした池もある。真ん中に赤い御堂があって弁天様が祀られている。池は長く浚っていないのか、泥が厚く溜まっている。亀が二十匹ほど同じ向きで斜めに浮いていて、尻尾の先は泥の中だ。鯉もいるが泥と同じような色で見分けにくい。 中に目立つのが一匹いる。白くほっそりしていて腰のあたりにわずかに橙色が見える。泥中を滑るように泳ぐ姿は弁天様を想わせる。同じようなのが群れていたらこれほど感動はしないだろう。一匹であることは時に気高い。

  昨日も池を見おろして弁天鯉を探したが、岩陰にでもいるのか見当たらなかった。淵まで下りてくると老人たちが、蛇が泳いだと騒いでいた。何処にと訊けば、あんたが歩いたすぐ後ろを上がったよ。足がすくんでしまった。山梨でも小屋を建てた直後は蝮があちこち出没した。裏山には青大将の巣もあった。しかし幸いなことに、一昨年今年と、苦手な姿を見ていない。村道でも車で潰れた蛇は稀になった。それが東京の公園にいると聞いてほっとするような、やっぱり恐ろしいような気分である。
 足早に公園を後にして谷中まで来ると、それまでの好天が嘘のような嵐になった。流行りのゲリラ豪雨である。折り畳み傘の骨も折れ、誰もいない墓地の中をずぶ濡れになって歩いた。

 泉鏡花の作品に「龍潭譚」というのがある。躑躅の丘で毒虫と接触した男児が異界に迷い込む話である。「日は午なり」という出だしが好きで私の「茶語り」でやってみようと思ったが、お茶会に仕立てるのが難しくて先へ進まない。

  それにしても、躑躅や弁天鯉、斜めの亀たち、泳ぐ蛇、急な嵐などは、どれも鏡花の作品群にちりばめられている小道具のようではないか。はてさて私の役どころはと考えて、妖艶な美女も心優しき姉様もあり得ないから、斑猫たる毒虫、いやそれ嵐の夜に九ツ谺の谷を迷い泳ぐ、蛇様じゃわいなあ、と舌を出す。(2012年5月10日)

 

躑躅 ツツジ科 低木〜小高木。花の大きさ、色は様々で40、50種が自生。栽培種が多い。常緑のものと落葉のものがある。
 

 
 
 
 
     
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