料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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リョウブ

 六月に入ると白くて爽やかなリョウブの花が咲く。梅雨のはしりの蒸暑い日などには、殊に爽やかに感じられるようだ。
 
「ミカン」で触れた建築家のO氏は、何でも器用にこなす人だった。独身を通していたが、それが信念というよりうっかり忘れているという風情であった。料理や繕い物など難なくこなす上に仕事や趣味の詩作に没頭するから、気づかぬうちに日々過ぎ季節巡ってしまうのであろう。

  お洒落な自転車を持っていて、私たち夫婦ともツーリングをしたことがある。独身にありがちなむさ苦しさは微塵もなく、いつも小奇麗で爽やか、色白の整った顔立ちを外国人のような明るい色の頭髪が囲んでいた。川崎の民家園に行った時など、髪の毛を金色に輝かせてペダルを踏む姿を見て、女性の姿が隣にないのが不思議に思えるほどであった。
 絵画や音楽の知識も豊富だった。その類に及べば物静かな人が饒舌になり、気の合う夫といつまでも話していた。

 知人の女性歌手が遊びに来た時のこと、たまたま0氏も顔をだした。紹介する間もあらばこそ、つと近づくや自費出版の詩集を差し出していた。控えめな彼のどこにそのような大胆さが隠れていたのかと驚きはしたが、詩を書けば誰彼に読んで欲しいのは道理である。まして相手は言葉に敏感な歌手。ひょっとしたらあの頃すでに仕事の先行きを案じて詩人にシフトしたかったのかもしれない。
 都会風の装丁の詩集を私も読んでみたが、今一つ胸に響かなかった。そのまま山梨の屋根裏書庫にしまい込み、他の本と一緒に蝙蝠の害でだめにしてしまった。

 一度何かの芝居に誘ったことがある。燐光群だったかもしれない。もう一人、芸能人の美容師、A子さんも誘っていた。私はこの人の紹介で和風の衣装で写真のモデルになったことがある。藤原新也が写真集のモデルを探しているからと、私の写真を持って行ってくれたこともあった。これは顔がきついという理由で断られたが、彼女とは以来友達付き合いをするようになった。

  誘ったときお見合いのつもりはなかったのに、O氏とA子さんは意気投合した。が、長くは続かなかった。A子さんの活発な仕事ぶりにO氏が恐れをなしたようだった。ほどなくA子さんは映像カメラマンと結婚した。私の部屋で顔を合わせたのが縁だった。この時はカメラマンがゾッコンになった。彼は十代の頃からの気の置けない知人であったが、結婚の事実を知らされたのは式からだいぶ経ってからだった。立腹した私はカメラマンと絶交した。二人は一子を儲け、やがて離婚した。A子さんとはずっと付き合いがあったが、彼女が仕事を止めると疎遠になった。
 男女の仲でも、友人間でも、相手に向かう矢印というのは実にちぐはぐで脆いものだとつくづく思う。

 その後O氏の方も仕事を止めて故郷へ帰った。最後に会ったのは新宿の中村屋だった。「やあ」と手を上げると、そのまま俯いて黙々とカリーを食べた。金色に輝いた髪は真っ白になっていた。

  今頃は故郷の空の下で詩を書いているのだろうか。それがきっと一番似合う人なのだろう。自身が爽やかで毎日が美しく完成されているように見える時、詩という哀しみの玩具はなかなか手に馴染んではくれまい。器用だった人が多くを失った末に紡いだ言葉の数々に、今とても触れてみたい気がするのである。
(2012年6月6日)

リョウブ 落葉小高木。枝が車状に出る。若葉は食べられるが旨くはない。木は床柱として使われ、上質の木炭の材料にもなる。

 

 
 
 
 
     
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