料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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クチナシ
 

 

 雨戸を開けると甘い香りが顔面を打つ。私は義父にぶたれたように口をゆがめる。
 本郷の家の庭にクチナシの木があった。花の時期になると、義父は毎朝のように縁側に出て深呼吸をする。くるぞくるぞと思っていると案の定、「クチナシや鼻から下はすぐに顎」と言って振り返る。私の顔には引きつった義理笑いが浮かんでいる。
  義父は口の重い人だったが、たまさか機嫌が良いと、このような他愛も無い冗談を言っては私を戸惑わせるのだった。
 

 当時、小学校の担任が私の身体の青あざを問題にしたことがあった。問題と言っても今のように虐待が騒がれるような時代ではない。個人的に心配してくれたのである。その度に私は自分でぶつけたのだと言い張った。もしそのことで担任が家にでも来たら、またぶたれると思ったからである。
 

 義父は私が外で遊ぶと暴力を振るった。しかし遊び盛りの子供を家に縛り付けておこうとすること自体、無理がある。私は近所の子の誘いにこっそりと家を抜けだし、その度に身体が吹っ飛ぶほど殴られた。また、母に腹を立てると私に手をあげた。母が私をかばうと二人まるめて足蹴にした。母と私とはますますぴったりと寄り添うようになる。するとそれがまた義父の心を乱すようだった。時には私の顔つきがきにくわないと、ただそれだけの理由で頬をたたいた。当時の私の顔は誰が見ても実父そっくりだったのである。
 

 私が小学校の六年になった時、突然義父が家を出た。母が最初の結婚で設けた娘がころがりこんだり、実父が私たちを訪ねてきたりと、家のなかがゴタゴタしている頃だった。数年を経て優等生のはずの私が壊れていく。家庭内暴力と不登校である。
  その後一度、義父と会うチャンスがあったが、私はすさまじい目つきで彼を睨みつけただけであった。
 

 

 

 最近、その義父の死を知った。
 一人暮らしで倒れ、発見が一ヶ月も遅れた。親戚の人が遺品を送ってくれたが、その中に、かなり成長した私の写真と、母と実父が私の親権をめぐって家庭裁判所で争った記録があったことに驚かされた。義父には義父の想いがあったのだろう。
  せめて死ぬ前にもう一度会ってこう言ってやりたかった。
「ずっと恨んでいたけど、それでもパパとつぶやけばあなたの顔しか浮かばなかった」と。

  もうすぐ義父の死んだ八月である。            (2003年7月31日)

 


 

クチナシ  アカネ科 暖かい地方に自生する常緑低木。実は秋に赤くなるが、熟しても口を開かないのでクチナシの名がついたといわれる。
 
 
     
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