料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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クスノキ
 本郷の赤門前に住んでいた頃、我が家は白山神社の氏子だった。母とおそろいの浴衣を着せてもらえるので、毎年のお祭が楽しみだった。神社の境内のことは、しかしあまり覚えていない。大きな木があったことと、床下に潜り込んでかくれんぼをした記憶があるだけだ。先日行ってみたが床はそれほど高くなく、隙間のある板で塞いであって潜り込めそうにはなかった。他の神社だったのか、後に入れないようにしたのか。

 現在の白山神社の境内は半分が駐車場で占められている。拝殿の右後ろが小高いのは富士塚になっているからだ。階段の両側にアジサイが植えられ、花の時期だけ解放される。門の右側にはイチョウ、左奥にはクスノキが聳えている。クスノキは大木で、露出した根もかなり太い。触れることはかなわないが見ているだけで心がぐらぐらと騒ぐ。
 クスノキといえば、中学の同級生に楠木という名字の子がいた。美人で日本人離れした立派な足腰をしていた。お父さんは野球の解説で有名な人だった。数年前に会った時には、背も思ったほど高くなく、身体もほっそりとしていて昔のイメージは消えていた。美人はそのままであった。長くアメリカに住んでいたと話していた。立派なクスノキを見て、楠木さんを思い出してしまった。

 イチョウは駐車場にもあった。こちらもクスノキに劣らぬ大木である。写真を撮っていた人の話では樹齢四百年になるが、内部が虫にやられ近く伐られることが決まったそうだ。折しも崖下では建築工事が始まっていた。新しくビルだかが建つのだろう。
 離れがたくなり、突き出た根の上に腰をおろした。幹に預けた背がほんのりと暖かい。ふと顔を上げるとギンナンの転がっているのが目に入った。殻が割れて、そこから緑色が覗いている。あわてて周囲を探せば幾つものギンナンが芽を出し、中には小さな根を張っているものもあった。駐車場のアスファルトに囲まれながら僅かに残った土の上に次世代のイチョウが芽吹いていたのだ。
宮沢賢治はイチョウの葉が母親に別れを告げて飛び立っていく童話を書いたが、これを見たらギンナン小僧たちにどんな会話をさせるだろうか。

 それから三週間経った昨日、行ってみるとイチョウは伐られた後だった。生々しい切り口に想像以上の衝撃を受けた。人間の内部には、どこか木でできている部分があるのかもしれない。
「暑さにやられた?」と参拝客が心配してくれる。「あーあ、これ伐られちゃったのねえ」
 二人でぼんやりとテーブルのような切り株を見ていた。真ん中が見事に空洞で、内側は幾つにも砕けて黒ずみ、無数の穴が開いている。まるで病に侵された臓器のようだ。イチョウの方もまた、長い年月を経て人間のような肉体を持ちはじめていたのかもしれない。
 芽を出したギンナンは一つも見当たらなかった。伐採時に踏み荒らされてしまったのかもしれない。切り株から伸びた枝葉が育ってくれることを願うしかない。

 我が家の植木鉢では、いつぞや拾ったギンナン小僧がやわらかな緑の言葉を話し始めている。もう少し育ったら白山神社へお返しせねばなるまい。(2012年7月15日)

クスノキ 関東以西に自生している常緑高木。通常は高さ15〜20メートル。中には55メートルになるものもある。木全体からよい香りがする。材は建築材や器具材に、木、葉、根からは樟脳を取る。

 
 
 
 
     
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