料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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弟切草
 以前は山梨の村道でも弟切草の黄色を見かけることがあったが、近頃はすっかり姿を消してしまったようだ。

 トシの話をしよう。トシは昔、劇団四季の養成所に通いながら夫の仕事場でアルバイトをしていた。その頃は稽古場が近くにあったので四季の人たちとの交流がいくらかあった。当然ながら皆そろって美男美女、声が良く、背も高かった。トシもそうであった。
 そのトシを誘って新婚旅行に行った。私たち夫婦は結婚式を挙げなかったので新婚旅行の計画もなかったのだが、旅行ぐらいはしようということになり三人で行くことになった。お正月の知多半島では一歳違いのトシと私は夫婦に間違われ、歳の離れた夫は付き添いだと思われた。民宿では炬燵を真ん中に三角形に布団を敷いて寝た。仲よく三人でご飯を食べ、とりとめのない話をしながら港を歩きまわった。誰かが席をはずすとその場が急に色あせてしまうような、奇妙で楽しい旅をしたのである。

 そのうちトシはアルバイトを止め、四季も止めたようだった。消息が絶えていたのに数年前突然、「オニイチャン」と訪ねてきた。夫をオニイチャン、私をエリチャンと呼ぶ。日本語がおかしいと思ったら、しばらくアメリカにいてカメラマンになっていた。
 そのトシから意外な話を聞いた。鶴巻小学校の同級生に私の腹違いの弟がいたと言うのだ。当時の写真を送ってくれたが、実父を太らせたような丸顔の少年が写っていた。名前も確かに弟の名前である。不思議な縁があるものだ。トシに実父の芸名を話さなかったら知り得ぬことであった。
 運命とは川の流れのようである。表面が静かでも中ではどんな渦が巻いているか分からない。水面と水底の間のどこかで流れは交錯し、浮かび、あるいは沈んでいく。

 弟の母親はその頃世田谷で化粧品店を営んでいたそうだ。数年後には私の母も世田谷でお茶漬け屋を始めた。歩いても行ける距離である。実父はお茶漬け屋に頻繁に顔を出した時期があるが、同じ足を化粧品店にも延ばしていたのだろうか。既に弟の母親とも離婚していたはずである。鶯に託卵する不如帰でさえそんな不遜なことはすまい。いや、あの父ならば、さらりとやってのけたかもしれない。

 話は継父に飛ぶ。継父が遺した物の中に母と実父が親権を争った家庭裁判所の記録がある。親戚の人が送ってくれるまで私はその存在さえ知らなかったのだが。
 もしその時裁判所が母ではなく実父の方に親権を認めていたなら幼い私はいずれ弟と暮らすことになったのだろうか。そうなると母は継父とは結婚しなかったかもしれない。ここでも礫一つで流れが変わってしまう運命ということを思う。
 弟には四、五歳の頃一度会ったことがある。母親と実父に連れられていた。私は母と継父と一緒だった。二人で走った芝生の緑をよく覚えている。

 今弟がどうしているかトシも知らない。捜索は無用と伝えた。姉弟であるというだけでは何の意味も持たない。二人はもはや添うことのない流れの中にいる。
 代わりと言っては何だが時々トシに無性に会いたくなる。それなのに面と向かうとつい邪険な言葉を吐いてしまう意地悪な姉である。(2012年8月3日)

弟切草 オトギリソウ科 傷の特効薬としてこの草を使っていた鷹匠が、秘法を洩らしたかどで弟を斬り捨てたという物語からの名。

 
 
 
 
     
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