料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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アサガオ
 

今年の五月に花屋でアサガオの苗を買った。黒い小さなビニール鉢から二葉がでていたのが愛らしかった。それが最後の鉢だった。打ち捨てられたように隅の方に置かれていて、斜めに立てられた種袋の「一年草」という所に囲いがしてあって、空白に同じマジックで120円と書かれていた。名前は汚れていて読めなかった。 
 
  素焼きの鉢に植え替えて西日の射すベランダに置いた。隣にはすでに緑のカーテン用にゴーヤが蔓を伸ばしていた。小さな鉢を一列にしか置けない狭いベランダには他に、ジュズサンゴ、ヒヨドリジョウゴ、ルコウソウなどが置かれていて満杯状態である。ついでに言えばこのルコウソウも山梨のホームセンターの最後の一鉢だった。 
 
  ジュズサンゴとゴーヤが次々と花を咲かせ、ルコウソウも蔓を伸ばしはじめた。アサガオも負けじと他の蔓に絡みながらあちらこちらから葉を覗かせていた。そして八月になると濃い紫の花を咲かせるようになった。一日に一つか二つ、もしくは三つ。とにかく大きかった。背景にゴーヤの黄色、ルコウソウの白やピンク、ジュズサンゴの赤を従えているので王女の衣装のように艶やかだった。
 
  一度、花を一輪お茶に使った。花がしぼむと、短い蔓を瓢箪の形をしたガラス器に入れて窓辺に置いた。しばらくすると根が生えてきた。青いガラスの中の白い根は水を分かつヒビに見えた。蔓も先端をもたげて伸びていった。辺りを探りながら前進する蛇に似ていた。そして花芽がついた。これには驚いた。なるほど植物のしたたかさとはこのような事を言うのかと思った。
 
  十月も半ば過ぎ、ヒルガオのような淡い藤色の花が咲いた。大きさも色も元の姿とは比べ物にならないが繊細さはよほど上であった。
 それから三週間ばかりして、また花芽を見つけた。ずっと小さくなって別の種類のようであったが、確かに紫色が見える。それから二日、意外にも元のように濃い紫のアサガオが咲いた。サイズはやはりヒルガオ並みであったが、フレアが大きくて、そこだけ先祖返りをしているようだった。まだ二つ花芽がある。一番小さいのは米粒大だから咲くかどうか。それにしてもこのエネルギーはどこから来るのだろう。ただ水だけで。

 母は終生愛らしい婦人であった。年齢もずいぶん下に見られていた。声は特に若々しく、私のほうが老けていた。たまに会うと、「バス停のベンチでね、お爺さんに綺麗な人と話せて良かったなんて言われたのよ」とはしゃぐのだった。私もそのような母が誇らしかった。子供の時には、それこそ自慢の母親であった。継父が家を出たあたりから疎ましく思うようになり、二十歳過ぎ迄それは続いた。その後も反発が無いわけではなかった。
 一度、離婚の相談したことがある。考え方も趣味もまるで違うし家族ともうまくいかないと。その時、「幼い頃から辛抱ばかりさせたから、大人になって返ってそれができない人間になってしまった」と泣かれた。その日は初めて母といろいろと話をした。

 窓辺には母の写真が飾られている。アサガオはそこまで蔓を伸ばそうとしている。ふと母の髪がアサガオの葉になってしまうような錯覚にとらわれる。いや、父と出逢って夫と子供を捨てた母だが、父と別れた後も想い続けたのだからアポロンから逃れて月桂樹になったダフネとは違う。恋は盲目というが、いっそ父の本性を速く見抜いて逃れていてくれたなら私など産まなくて済んだものを。「あの人のことは、もういい」という言葉を聞いたのは死ぬ間際のことである。
  最後まで哀しく、愛らしい花だった。(2012年11月10日)

アサガオ  ヒルガオ科 古く薬用として中国から入り、観賞用として江戸時代に盛んに作られた。

 
 
 
 
     
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