料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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都忘れ

 
 都忘れを植えたのは二年前である。家の裏側の日の当らない一等地に植えた。日が当らないのに一等地というのはおかしく聞こえるかもしれないが、斜面の上にある庭は時として日照り状態になる。火山灰地なので、恵みの雨も降れば降ったで粘土と化す。靴の跡などいつまでも残って芸術作品のようだ。よほど強い植物でないと生き残れない。そこで何を植えるにも家の裏側の日陰を選ぶ。勢いその辺りは混みに混む。わずか六メートルほどの長さの狭い場所に、椿が三本、水無月、シモツケが肩を並べ、足元には草類のホトトギス、ハンゲショウ、秋海棠、紫額草、シュウメイ菊、都忘れがひしめいている。その上ハーブ類のレモンバームやオレガノ、雑草のクローバー、雑草化したニチニチソウまでが襲いかかる。日照りは嫌うが光は欲しいからどの草も背が高い。都忘れも手足長く顔小さめの色白はんなり、なのだ。

 私は東京人だが、京都生まれである。俳優の父が撮影で京都に滞在しているときに生まれた。だから生まれ故郷という感覚は無い。若い頃、父の師である京都の女優さんの元へ弟子入りしていたが、一年で逃げかえっているから、京都の思い出はあまり良くはない。その頃、撮影に来ていた父に会いに行き、心無い言葉に打ちひしがれて挫折した。父は女優志願だった自分の妹の道も閉ざしている。今となれば、自分の世界に身内を踏みこませたくない心理は理解できる。要するに狭量なのだ。ありがたくないことに遺伝して、私も何かにつけて狭量である。

京都生まれのFに会ったのは結婚後である。ほどなく彼にお茶を教えることになった。男性の生徒は二人しかいず、稽古中にお酒の話ばかりしていたが、案の定二人とも続かなかった。
京都の男性は骨太の人が多い。とにかく信念を曲げない。Fもそうだ。彼はその上に口も悪い。会えばお互い悪口三昧である。お茶を教えてくれた恩人に何たる口のききようかとなじれば、生徒が少なくて困ってたからさ、と嘯く。
Fはテキスタイルデザイナ―である。友人と共に上京した。友人は呉服屋の息子で、安くするからと帯類を持ちこんできた。一本買って裏を見ると赤い染色シミがあった。返品はしなかったが文句は言った。驚いていた。どうやらこの人は骨細のボンボンのようで。
Fの奥さんはモデル並みにスタイルの良い人であった。お似合いの夫婦だと思っていたら離婚してしまった。すぐ再婚したが、今度はぐっと庶民的な女性だった。絵を習っていると聞いていたが、そのまま絵描きになってしまって離婚した。口が悪いから奥さんがみんな逃げてしまうのよと言うと、あんたに言われたくないと、いつもの応酬である。
数年前、ご両親が亡くなったのを機に京都に帰った。実家を改装してテキスタイルの仕事をしながら骨董店を営んでいるそうだ。
「それがさあ、東寺の市で買い込んで売ってるんだけどさあ、あほな観光客にボンボン売れちゃってさあ」
言葉通りとは思えなかったが、「さすが、したたかな京都人」とお返しは忘れない。

二年ほど前に会った時、「そろそろ家売って、別の土地へ行こうかと思ってさ」という声にいつもの毒がなかった。「京都に行ったときの宿にしようと思ったのに」と言おうとしたが言えなかった。
誰でも自分の場所に住み続けられるわけではない。京都はまた一人、骨太の男を失うのだろうか。(2013年5月20日)

 

都忘れ  キク科 ミヤマヨメナの園芸品種。名前は承久の乱に佐渡へ流された順徳天皇がこの花を見て都を忘れたという逸話から。

 
 
 
 
     
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