料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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 烏瓜
 

 

 近頃とんと烏瓜にお目にかからなくなった。都市部では、そのぶらぶらとした蔓が嫌われるのだろうか。田舎も風景はどんどんこざっぱりとしてくる。藪は消え家もモダンになって、烏瓜が似合わなくなっていることに変わりはない。
 

 百花園へ行った折、珍しく烏瓜の実をいくつも発見した。嬉しくて手を伸ばしたら一緒に行った友がその情景を短歌にした。烏瓜を採る手のゴツゴツした様よとかなんとか。
  私の生活は土仕事、水仕事の連続である。その上バイクにフリークライミング、果ては幅二メートル余の大型車の運転である。節は年々に太くなり、肌は折々に荒れてくる。なるほど風情ある赤い実との対比には、土着の物語性があるかもしれない。

 その折、話に夢中になって園内の蕎麦所にサングラスを忘れてしまった。慌てて引き返したが見当たらない。その私の執着と落胆は、また歌人の興味を引いたようだった。

 実は私はサングラスが無いと外を歩けない。それ無しでは完結しない顔と心になってしまっている。したがって雨用も含めいくつも所持しているのだが、外出の折にスペアまでは持たない。拠り所を無くした私の不安定さを、彼女が奇異に感じるともまた宣なるかな。友とはいっても三十五年ぶりに会った中学の同級生なのだから。
 
 烏瓜ではもう一人思い出す人物がいる。父である。長いこと俳優をしているわけだが、この二十年ぐらいは民話の語り部として活動している。去年、彼の生徒たちの会に行ってみた。そこで、挨拶に立った父を見て驚いた。頭が真っ白だった。少し長めの丈で顔の周りにあふれている。私はすぐに烏瓜の白い花を思った。烏瓜の花は細い糸を風車のように揺らせて、農家の納屋や森の入り口などにふわっと咲いているのだが、どちらかというとおどろおどろしい感じがしなくもない。薄暗い所で蜘蛛の巣に隣り合っていたりする姿は、民話の世界というよりグリム童話のような雰囲気がある。その怖さを父の頭に見たのだ。

 父はかつて女性に走って母と幼い私を置き去りにした。仕事面でも名がではじめた頃であった。母は黙って身を引いた。母もまた父に走って幼い姉妹とその父を置き去りにした過去がある。自業自得と得心したのかもしれない。しかし私には、母の心の空白が今、父の頭上にむくむくと湧き出てきたように思えてならないのだ。
 

 父がこちらを見た。それは娘と認識してのものではなかろう。しばらく会わない間に、また深い森の暗がりに置き去りされている。
 外に出ると小雨が降りはじめていた。私は真っ黒なサングラスをかけて歩き出す。(2003年11月16日)

 

 

烏瓜 多年草の蔓草。塊状の根や種子は利尿や浄血の漢方薬。根からの澱粉は汗知らずとして使用。 


 

 
 
 
     
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