料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ヤブツバキ
 

 

 「バキと呼んでください。茨城出身で」
 最初に会ったときバキさんはそう言った。ツバキのバキかと思いました、と私は見事なヤブツバキの木を見上げながら言った。そうね、それもあるかな、とバキさんは独り言のようにつぶやき、止めていた箒の手をまた動かしはじめた。
  竹垣越しに挨拶をかわした私は二十代半ば、バキさんは四十近かったろうか。
 

 それからは度々バキさんに街中で出くわすことになる。あるときは蕎麦屋で、またあるときはデパートの催し物会場で、それから茶の席で。そのどれもが下駄履き作務衣姿なのであった。小さな集まりとはいえ茶会に作務衣姿はいかがかと違和感を覚えていた私も、「実家が寺で」と話しているのをもれ聞いて妙に納得してしまった。バキさんは当然のように正客の席でスパスパとキセルを使っていた。
 

 バキさんが予定の客でなかったことは後になって知った。ヤブツバキの枝を持って現れ、そのまま帰らなかったという。数日後、家の前を通るとバキさんが一服どうかと声をかけてきた。俗な興味がわいたこともあって誘われるままに縁側から小座敷に上がった。
  バキさんの点前は見たこともないような手順で繰り広げられた。流儀をたずねる私に「いや、いや」と答えぬ指先がなにやら得意気であった。
  とろろのようにあわ立ったお薄をいただきながら改めて床の間を見やる。ヤブツバキの赤が矢のように射かけてくるので視線を上に逃せば,、箒跡のような字が躍っている。バキさん本人の書に違いなかろうと、敢えてお伺いもたてない。
  普通、客に頭を下げさせるからと茶方は自分のものを床にかけたりはしない。だがこの人は普通の人ではない。若い私がわかったのはそのことだけであった。

 バキさんは親戚の家の離れを借りて住んでいる。妹が自分のせいで事故死をし、責任を感じて実家を出た。それらはみなバキさん自身が語ったことである。「ツバキを見ると、どうも妹を思い出してしまって」

 それからいくらもしないうちである。それらがみな嘘だと知ったのは。つまり、茨城出身でも実家が寺でも妹がいるでもなかったのである。家も親戚ではなく、なにかの縁でころがりこんで下働きのようなことをして住まわせてもらっていた。では真実の方はといえば、これがなかなか伝わってこない。そのうちこちらも興味を失い、どうでもよくなってしまった。
  当のバキさんは、嘘がばれた後でも堂々と下駄を鳴らして歩いていた。

 今でもバキさんは下北沢あたりに出没するそうである。依然、作務衣下駄履き姿を通しているのかどうか、知らない。私が知っているのは、バキさんが下働きをしていた所にはマンションが建ち、ヤブツバキは切られて跡形もなくなったことだけである。(2004年3月31日)


 

 
ヤブツバキ ツバキ科。ヤマツバキともいう。実から油をとる。五弁一重の赤が標準で、雄しべは白色で筒のようになる。
 
 
 
     
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