料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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花族
 
 
 
 

 

 幼い頃あまり人形遊びをした覚えがない。もちろんいくつか持っていたし、ミルク飲 み人形などはいち早く手にしていたと思う。
  それでも外で遊ぶのが好きな質で、家でちま ちま人形をいじくっている暇などなかった。本郷の赤門前に住んでいたので、家の手伝い を終えると一気に三四郎の池まで走り日が暮れるまでそこにいた。

 路地で男の子たちと缶蹴りやビー玉、メンコ遊びも捨てがたい魅力があったが、私が外へ出ることを嫌っていた継父に呼び戻されるので雨がふっても東大の中にいた。
 

 その頃、母には人形作りの趣味があって、いつも家の中に日本人形の頭部や手足、着物の端切れがころがっていた。私が興味をもってそれらの部品を手にとることはなかったが、脳裏にはしっかりとその光景が残っている。とくに極小なのに真っ白でリアルなその顔が焼きついて離れない。どこを向いていてもこちらを見ているような艶のある黒目が怖かったのかもしれない。
 

 人形は完成するとガラスケースに入れられて玄関に置かれた。中でも藤娘は母の気に入りだったのか、ずいぶん長く飾られていた。
 母の趣味が他に移り人形たちが姿を消しても、藤娘だけは玄関にあった。継父が家を出たり私の反抗期がはじまったりしてはじめて、藤娘は姿を消した。

 当時、鬱屈した心を持て余していた私は手当たりしだい物を壊していた。母が買ってくれたフランス人形もバラバラにしてしまった。いざバラバラにしてみると、首だけの人形は、やはり気味悪かった。すぐに元に戻そうとしたがどうしても首が胴体に入らない。そこですべて外のゴミ箱に捨ててしまった。翌日、気がとがめて首だけ拾ってきた。

 それからしばらくして、絵を描き出した私は首だけの人形を何枚も油絵にすることになる。ビアズリーが好きで分厚い画集を持っていたから、ちょっとしたサロメのつもりだったのかもしれない。あるいは気味悪さを別のものにすり替えてしまおうと思ったのかもしれない。自慢ではないが、当時の私はスーパーリアリズムなみに、対象をそっくりに描くことができたのである。しかしいくらそっくりに描けても、芸術作品になるには他の何かが必要である。
  結局、自分の描いた首絵に囲まれてしまった。何をするにも極端で困る。
 その後、徐々に処分して残ったのは山梨に飾ってある一枚だけだ。
 そうそう、 あのフランス人形だが、今でも押入れから私を見張っている。
 

 藤の花を見る度に、自分と人形との不幸な距離を思う。あでやかな藤の花が、私の目にはすこし陰鬱に写る。(2004年4月28日)

 

 

 

フジ マメ科。蔓性でツルは右巻き、葉は互生する。花が終わると長さ30センチ近い実がきる。数多くの園芸品種がある。

 
 
 
     
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