料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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キツネアザミ
 

 

 しばらく放置していた山梨の庭は荒地のようになって足の踏み場もない。意を決して鎌を持てばキツネアザミの大群が押し寄せてくる。邪険にザクザクと切っていくと、タンポポのような白い冠毛をやたらに飛ばしはじめた。
 キツネアザミの花は遠目にはアザミのように見える。それで似非という意味合いを持つキツネなんて名がついたのか。それともおびただしい冠毛に妖しげな気配を感じてなのか。たしかに風に乗って次々と家に吸い込まれていく姿には、心落ち着かぬものがある。
 そしてふと、あの花もこのキツネアザミではなかったかと思った。

 「アザミみたいだけどトゲがないのね」
 覚えているのは40年近く前の、母のこの一言である。花を持ってきた老婆は泣きそうな顔で笑っていた。義理の祖母が亡くなったと聞いた直後から母は見ず知らずの老婆を家に招待することが多くなった。私は密かにそれを婆拾いと呼んでいた。
 祖母は脳が萎縮して死んだ。これは当時としては尋常な死に方ではなかった。まだ世に、アルツハイマーという病が誰にでも起こり得るものだという認識はなかったからだ。母のショックも大きかったのだと思う。挙句が婆拾いである。 

 だいたいがみすぼらしい老婆である。中には母の裁縫の手伝いをするものもいたが、大方は地蔵のようにじっと動かない。お昼を一緒に食べお茶を飲み、しばらくすると元の場所へ送られて帰った。

 キツネアザミの老婆が来た時、私は居間でテレビを観ていた。引きこもりがちで、母の在宅中は自分の部屋から出なかったが、母がいないとのそのそ這い出て冷蔵庫を漁ったりテレビを観たりしていた。
 私の沈黙にモジモジしていた老婆は、母がお茶の用意をはじめると救われたように動きだした。表情の曖昧さとは裏腹に動作は機敏だった。それが若い私の目にはまた胡散臭く映るのだった。訪れる頻度が増すうち、寝泊りまでするようになっていた。私は露骨に不快感を表したが、母の背に隠れるようにして居座っていた。こちらの嫌悪感が頂点に達した頃、老婆の身内という男がやって来て「恥になるからやめてくれ」と押し殺したような声で言った。泣いているのか笑っているのか、老婆の表情はこの時もやっぱり曖昧だった。

 男と去った老婆は二度とやって来なかった。母はしばらく寂しそうにしていたが、やがて諦めたようだった。婆拾いの方は私を慮ってかぷっつりとやめた。その代わり、銭湯で過ごしてくる時間が長くなった。大方、老婆を見つけては「お背なでも流しましょう」などとやっていたのだろう。

 今、飛び散る冠毛を見上げながら、あの老婆はどうしたろうと思う。
 この世には、どう転んでも幸せなことにはなり得ない人間がいる。 (2004年5月30日)

 

 

キツネアザ キク科 荒れた畑などに好んではえる。花の色はさえず、草の丈は50〜100センチ。

 
 
 
     
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