料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ヤイトバナ
 

「婆拾い」と前後して一人のお爺が我が家に出入りしていた。このお爺はどこかのお寺の住職という触れ込みだったらしく、母はそれこそ下にもおかない持て成しをした。

 小柄な老人で、いつも背筋をピンと伸ばして玄関に立つ。案内を乞うかわりに咳払いをひとつするだけである。間髪を入れず母が戸を開け招き入れる。すると家が妙にナフタリン臭くなったものだ。ナフタリンの元は着ているだぶだぶの背広である。ナフタリンの他には、頭の上の黒い帽子と手に下げた数珠が毎度の小道具であった。
 顔がラッキョウのようにこじんまりと縮み、その横に柏の葉のように大きな耳がついていた。声も大きくて、ニ、三軒先の家で話の内容が聞こえたくらいである。頻繁に旅行をするらしく、そんなにお寺を空けられて大丈夫ですの?と母が尋ねていた。
 私がいくら「何か企んでる」と言っても母は笑って相手にしなかった。

 縁側でぼんやりしているときだった。お爺が木戸を開けてぬっと入ってきた。小さな庭なので逃げる間もなく隣に座られてしまった。やおら、なにか私の鼻先へ近づけてくる。ひどく嫌な匂いがしたので飛びあがると、「ハハハハ、ヘクソカズラだよ、ヘクソカズラ」と笑い転げた。私が自室へ逃げ込むと、「まあ、気づきませんで」と出てきた母にまた同じことをしたらしい。母が「可愛い花なのに」と笑っていた。


 お爺は来るたびに何か持ってきた。掌サイズの仏像だの玩具のような数珠だの。薬だと言ってとぐろを巻いた黒こげの蛇を持ってきたこともある。蛇の心臓を飲みに行きましょうと盛んに母を誘っていた。結局、母は行かなかったが、近所の人が実際に行ってワインに入れた心臓を飲んできた。そうこうするうち、お爺は形見の茶釜を持ち逃げした。

 母は実母が赤子の頃に死んだので祖母になついていた。私からすると曾祖母である。茶をよくやる人だったようで、家には仏壇の下に隠し戸がある茶室まであったそうだ。幼い母はこの茶室でよくかくれんぼをして遊んだという。
 やがて母に継母ができて、曾祖母も亡くなり、母に残されたのは隠れ茶室の思い出と大きな茶釜だけであった。その釜を柏耳のお爺が、鑑定する人がいると言って持ち出したのである。

 それきりお爺は姿を消してしまった。母はニ、三度ため息をついただけだったが、私の怒りは長い間消えなかった。(2004年6月30日)

 

 

 

ヤイトバナ アカネ科 つる性で小さな花をつける。赤いところが灸をすえたあとのようなのでこの名がある。葉をもむと臭いところからヘクソカズラとも呼ばれる

 
 
 
     
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