料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

ホーム
  ご来店になる前に
  歴史
  お知らせ
  メニュー
  最近のおすすめメニュー
  おすすめワイン
  マスターのコーナー
  マスターの奥さんのコーナー
  おもろいお客さん
  花族
  畑情報 嵐のち晴れ
  リンク集
  地図
  更新情報
   

 
花族
 
 
 
ミズヒキ
 

 庭の水場周辺には元々ミズヒキが植わっていたが、それが昨今はやたらに増えて水を使うのに苦労するほどである。
 しばらく前になるが、この庭にキャンプ用のテントを張って寝たことがある。今日のようにミズヒキが満開の夜だった。残暑もどうやら峠をこしていたし、なにより芝生を渡る風が心地よかったため悪戯心が起きたのである。
  飯盒でご飯を炊き、カップ詰めの酒をちびちびやって、さあ寝ようと目を閉じた途端、顔が出てきた。瞼の母というわけではない。見ず知らずの人の顔である。それも一つや二つではない。数も知れない顔たちが、ページをめくるように次々と現れてくる。見事に全部ちがう顔なのである。入れ替わるスピードが速いので追うのに独特の労力がいる。別段、いちいち律儀に顔を追わなくてもいいとは思うのだが、次から次へとやってきてしまうので、考えもまとまらないまま追わされるはめになる。しかもスピードはますます上がっていく。疲れ果てて眠ってしまうか、気になって目がさめてしまうか二つに一つしか道はない。

 顔が出てきたのはこれが最初ではない。それまでにも地面に寝ると必ずと言っていいほど出てきていた。黒姫山のキャンプ場でも、武川の川辺でも。とにかく家の中ではめったに起こらないのに、地面に横になると起こる。
 怖いという感覚はまるでない。ただひたすら疲れる。笑っている顔もあり、怒っている顔もあり、静かに過ぎていく顔もある。数としては最後のが一番多い。静かといってもモジリアニの顔のように透明感があるわけではなく、なんだかとてもリアルで人間くさい顔たちなのである。それらが声にならない声で何かを訴えているとは思わないが、眠り端に邪魔されるので、正直とてもわずらわしい。

 庭の顔たちの場合は、さすがに借家の先祖代々が意図するところがあって現れたのかとも思った。だが、たとえばそうだとして、どうして私なのか。怖くないところをみると、こちらを脅しているわけではないようだ。第一自分たちの存在をアピールしたいなら、もっとゆっくり見せてくれなくてはよく認識できないではないか。それにどの顔も似てはいない。もし一族の顔なら隣り合って似た顔が出てきてもいいではないか。本当に訳のわからない現象なのである。
 

 ミズヒキのプツプツとした沢山の赤い花を見るたびに、死んでいった顔にしろ、これから生まれる顔にしろ、私の作り出した架空の顔にしろ、とにかく無数の、会ったこともない、あの夜の人たちのことを思ってため息が出るのである。(2004年9月20日)

 

 

 

ミズヒキ  タデ科 細い花穂を上から見ると赤く、下からは白く見えることから紅白の水引にたとえた。花弁はなくガク片は四個あり卵型で下部は赤い。

 
 
 
     
    目次
    ページの一番上へジャンプ