料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ムラサキシキブ
 

 裏山にあるムラサキシキブの葉が色づきはじめた。透明感のある黄色は形の繊細さと相まって実に美しい。
  美しさの所以はもちろんその実にもよる。この間まではもう少し数があったのだが、今はまばらになって葉の陰から小さな顔を覗かせている。その紫の色がいい。濃からず薄からず、はんなりと。それこそ麗人の趣とでもいいたいような。
 一面それは、見る者が無防備でいると心を搾り取られてしまうような類のものでもある。まさに紫式部の時代の、御簾の陰から仄見える女御、更衣の姿。昔の貴公子が、御簾内の美人に心をうばわれて命まで失うような羽目に陥る、その女人の魅力である。
 これが葉が落ちきってしまえば、当然ながら雰囲気もまた変わろうというもの。もう少し寂しく、やがて凄惨な感じも。時の流れは実に残酷なもので。

 紫式部といえば源氏物語であろう。この壮大な物語の原文を開いてみる気にはなかなかなれないでいる。時間もかかるし、第一教えを請わねばいっかな前へは進むまい。
 しかし気に入った箇所だけを抜粋で朗読をしたことがある「葵」である。六条御息所の生霊にいたく心惹かれたからである。しかし朗読の未熟さはさておいても、現代文であったために盛り上がりに欠けたように思う。やはり古文の方が格調高くていいのだろう。

 それにしても私は、朗読となるとおどろおどろしいものをやりたがる傾向がある。自身は人一倍怖がりなのにである。
 まず暗がりが苦手である。寝るときは今でも豆電球のお世話になっている。幽霊が怖いのではない。生きている者の心が怖いのである。他者の、または自分の、心が怖いのである。
  何層にも溜まった想いが、ふと外の暗がりに出てしまっているのではないかと怯えるのである。暗闇には内も外もない。自身の中でじっとしていれば、それは心。じっとしていられなくなって飛び出し、暗い炎をあげて邁進すれば生霊である。立場さえ違えば、葵の上が生霊になる可能性もあったということである。考えてみればこれほど哀しいことはない。取り付く方も、取り殺される方も根は一緒なのだから。それを女人の性というは易いが、恋とは、そこまで粘液質にすべてを奪ってしまうものなのかと、あらためて思ったりする。

 木枯らしも止んだようである。ムラサキシキブの実はまだ安泰であろうか。朝になったら落ち葉を踏み分けて落剥の一粒に会いにいこうか。(2004年11月25日)

 

 

ムラサキシキブ  クマツヅラ科 葉の付け根から出る柄に多数の実をつけるが、コムラサキのようにはつかない。平地の雑木林などに多い落葉低木で、高さ2〜3メートル。

 
 
 
     
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