料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ヤブコウジ
 

 また今年も小さなヤブコウジに出会った。里山の薄暗い林間にあるので、ゆっくりと下を見て歩かなければ気づかない。ひどく丈が低いので、他の草の間から数枚の葉が見えるだけである。赤い実は葉陰に一つ二つ。知らずに踏みしだくことも多いということである。

 さて今日は、そんな可愛さとはほど遠い、コウジという男の話である。
 彼は母のマージャン仲間であった。母がマージャンに夢中になっていたのはわずか数年のことである。必ずと言っていいほど負けて、小遣いをはたき、食事をおごらされていた。
 コウジは九州から出てきて私立の大学に通っていた。タッちゃんという同郷の友人がいて、うちでマージャンをやるときはこのタッちゃんも来ていた。タッちゃんは有名な国立大学に通っていた。マージャンはあまり好きではないらしく、部屋の端でいつも本を読んでいた。どうやらお目当ては母の作る家庭料理のようであった。
  あとのメンバーは学生だったり劇団員だったり、母がテント芝居や飲み屋で知り合った人たちである。
 当時母は洋裁の先生を止め、注文品を家でコツコツと縫っていたが、それもだんだん針に糸を通すのがむずかしくなっていた。夢を託した娘の私は京都から逃げ帰っていたし、母としても賭け事でもして憂さでもはらさなければいられなかったのかもしれない。

 その頃住んでいた家は狭く、部屋が二つしかなかった。それぞれは廊下でへだてられ、頑丈な洋風のドアがついていた。トイレは私の部屋に近く、まだ拒食症の気の抜けなかった私は、母に気づかれずにトイレへ行ける、この家が気に入っていた。
 すぐ鍵をかける私と違って、母の部屋のドアは四六時中開けっ放しであった。
  客たちとはあまり顔を合わせなかったが、コウジとだけはよくトイレの前でかち合った。彼は悪びれもせず、「オッス」と片手を挙げた。
 たまに私が母の部屋へ入っていくと、席を作ったり飲み物を用意したり、自分の部屋のように働くのだった。母はタバコを横銜えにして私の方などまるで見なかった。その姿がそれまでの母の印象とひどく違っていて、正直、私はずいぶん面食らったものである。
 

 ある冬の朝、母の部屋を覗くとテーブルに母が上半身をあずけて寝込んでいた。背中にはタッちゃんの半コートがかけられていた。下ではコウジとタッちゃんが、小さなコタツにむりやり身体を丸め入れて眠っていた。

 卒業すると、タッちゃんは国立まで出たのに故郷へ帰り家業の喫茶店を継いだ。コウジは銀行に就職が決まった。
「計算が上手だったものね。ずいぶんズルもして」母が笑った。
 コウジは東京で働いていたが、就職後二度と訪ねてくることはなかった。母もその後マージャンパイを持つことはなかった。(2004年12月30日)

 

 

 

ヤブコウジ  ヤブコウジ科  径5〜6ミリの球形の赤い実を1個から数個、葉脈から出る長さ2〜3センチの細い柄の先につける。
 

 
 
 
     
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