料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

ホーム
  ご来店になる前に
  歴史
  お知らせ
  メニュー
  最近のおすすめメニュー
  おすすめワイン
  マスターのコーナー
  マスターの奥さんのコーナー
  おもろいお客さん
  花族
  畑情報 嵐のち晴れ
  リンク集
  地図
  更新情報
   

 
花族
 
 
 
スノードロップ
 

 花屋さんで小さなスノードロップの鉢を見つけた。外はまだ寒く、ちらちらと雪が舞う。雪を見ながら雪野さんのことを思い出していた。
 雪原さんとは、東京を拠点にしてアンデパンダン展九州派に属していた現代美術作家である。仲間には菊畑茂久馬氏がいた。赤瀬川原平氏とは美大が一緒で、たしか仕事を手伝っていたこともあったと思う。時は60年代から70年代。ユニークな作家が雨後の筍のように現れて活躍した時代である。
 
「じゃ、俺ちょっと行ってくるから」
 そう言って全裸の雪原さんが首だけこちらへ向けた。自分の下着を持って前を隠している。外は寒そうだった。やせた身体を前かがみにした雪原さんが暗闇に消えると、どこかの犬がけたたましく吠えたてた。
 やがて息を切らして戻ってきた。下着は同じ位置にある。「なんだ、結局隠したままか」とパフォーマンスで有名な作家が言った。「ここだけだよ、恥ずかしいからさ」と雪原さんが曇ったメガネのまま、ネズミ男のように笑った。「へっ、意気地なし」
 雪原さんはピョコピョコとお辞儀をしながら洋服を着た。お辞儀は彼の癖だった。
 

 雪原さんがやったのは、流行のストリーキングであった。その夜は焼き鳥屋で飲み会があって、私と母も呼ばれていた。
 宴会の間中、やはり話題の主役は雪原さんであった。
「知ってるか、雪原の?これがやたらに立派なんだよ」
「なにが?」と私は聞いた。「いいのいいの、子供は知らなくて」
 話の展開を理解した私は、雪原さを振り返って見た。ストリーキングのせいか酒が簡単に回って、座敷で寝込んでいた。
「ためしに、ちょっと触ってみる?」
「おやめなさいよっ、そんなこと」と母が向かい側から怖い顔をした。私はその顔に触発されたかのように立ち上がると、仰向けの雪原さんにさっと手を伸ばした。「あーっ」一番若い作家が声を上げた。静寂が訪れた。触ったはいいが、どうしたらいいか分からず私はもじもじしていた。誰かが「感想はどう?」と聞いた。「なんだか、犬のうんちみたい」
 店内がどっと沸いた。あれほど怖い顔をした母もクックと笑っていた。笑わなかったのは私と、相変わらずいびきをかいていた雪原さんだけであった。

 去年突然、その雪原さんから郵便物が届いた。中身はゴキブリホイホイにミッキーマウスが入っている絵だった。短い手紙も添えられていた。・・九州に帰ることになったので会いに行こうと思ったが、やめておきます。元気で暮らしてください・・。
 私は指を折って年月を数えた。雪原さんはもうかなりな歳になっているはずだった。無性に会いたいと思った。しかしすぐに、あの良き時代を親しく付き合い、その後プツッと糸が切れてしまった人たちは、あの雰囲気のままそっと胸にしまっておく方がいいのかもしれないと思い直した。雪原さんの中でも、私はいつまでも不機嫌な若い娘として住み続けているのだから。
 それにしても、私が大切なものに触れたことがあるのを、彼は知っているのだろうか。(2005年2月22日)

 

 

 

スノードロップ  ヒガンバナ科 南ヨーロッパ原産。別名待雪草。高さ10〜15センチ 花は茎頂に一つ、下向きに咲く。 
 

 
 
 
     
    目次
    ページの一番上へジャンプ