料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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バラ
 

 水上スキーのことを書いたのだから、この人のことにも触れねばという気になった。榊原さんのことである。わが家では継父が「バラ」と呼び捨てにしていたが。
 そのバラと、「ウィンザー」という彼の店の名から、今回の花はバラでいこうと思う。

「ウィンザー」は銀座にあった男性洋品専門店である。どういう経緯か、仕事に失敗して家にいた継父がウィンザーの下請けをするようになった。器用で几帳面な継父は会社を興すよりこちらの方が向いていたかもしれない。しかし内面はそう簡単に割り切れなかったようで常にイライラしていた。
 バラさんは当時日の出の勢い、銀座に店をどんどん増やしていた。
  出来上がった品はいつも私がお茶の水まで届けた。そこにはきれいな二号さんがいて珍しいお菓子を持たせてくれる。私は大事にかかえて都電に乗り、家の暗い台所で母と声を忍ばせて食べるのだった。

 バラさんが江ノ島に私を誘ってくれたのは五年生の夏休みだった。そこではじめて水上スキーというものをやった。一発で水の上に立ち上がった私を見て、バラさんが手をたたいた。彼の息子がその前にトライして、何度も水没していたからである。ボートはそのまま沖へ向かい、烏帽子岩をぐるりと回って桟橋にもどってきた。
「この子は根性がある、お前も見習え」
 バラさんは日ごろから私を引き合いにだして息子のデキの悪さをこぼしていた。
 夜は民宿の大きな部屋で三人で寝た。床についてからもバラさんは一人で酒を飲んで上機嫌だった。電気を消して間もなく、大声のはずのバラさんが急に小声になって「こっちおいで、ご褒美にだっこしてやろう」と言った。私は身を硬くしてじっとしていた。バラさんは私を可愛がってくれていた。だからその言葉は純粋に父親のような気持ちで言ったのかもしれない。しかし大人の世界のことに過敏になっていた私は、暗いところで目だけ光らせる小動物のように動かなかった。バラさんの向こうの息子の肩も、心なしか硬くなっているようだった。
 

 江ノ島からもどるとバラさんは早速、水上スキーをさせてやれと言った。母は私に才能があると言われて嬉しそうだった。継父はただ苦い顔をしていた。継父は水泳の名手で、私にずっとスパルタ教育を施していた。それは江ノ島の桟橋の突端から四、五歳の私を放り投げ、一人で泳いで帰らせるような訓練であった。周囲の大人たちは「かわいそうに」と言い合った。
 結局、私は継父から逃れるように水上スキーにのめりこんでいった。


 やがて継父が家を出て、ウィンザーとも縁が切れた。
 数年してバラさんが店を畳んだと噂に聞いた。それからまた数年してバラさんに偶然出会った。白いひげを生やしてなんだか別人のようだった。ファッション評論家をしていると名刺をくれた。そこには眉山だか美山だか、書かれていたような気がする。
 バラさんが死んだと知ったのは、それからまた何年も経ってからのことだった。(2005年5月1日)
  

 

 

薔薇  バラ科バラ族の総称 原種は約100種。バラの栽培は古代オリエントで香料、薬用としてはじまり、ギリシャ、ローマを経て欧州に伝わった。

 
 
 
     
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