料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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花族
 
 
 
ムクゲ
 

 この夏、不思議な物を見た。
 そのとき私は畑を眺めながら食事をしていたのだが、その土の間に白皙の上半身が現われたのである。
 人間にしては固い感じであるが、石膏にしては柔らかい。そんな人型の半身が土の波に斜めに浮いていたのである。目鼻立ちがはっきりしないので男か女かわからない。身体にはローマ時代のような雰囲気の白い布を巻いていて、そちらのほうは襞の一つ一つまではっきりと見分けられるのであった。
 真っ先に考えたのは、母が出てきたのかということである。墓参にもしばらく行っていないし、淋しがってでもいるのかと。
 つい、ママかなとつぶやくと、前の席の夫が驚いたように、何?と聞き返してきた。話せば笑われるような白昼夢であると考え、なんでもない、と食事にもどった。母にしては頭部やら胴体やらが頑丈すぎるような気もした。
 
 実はその僅か前に、ある人が亡くなっていた。夫の大学時代からの親友だ。その死を知ったのは翌日のことであった。私たちにとっては青天の霹靂のような訃報だった。
 私の見た半身を彼と考えれば辻褄は合う。しかし疑問が残らないでもない。別れに来るなら夫の方であるべきだろうし、仮にテレパシーというものがあり、それをキャッチしやすい人としぬくい人があるとしても、顔がはっきりしないでは意味がない。
 単なる無意味な白昼夢であったか、彼の魂であったか、今の私に判断する術はない。

 彼と最後に話したのは五月の末だった。電話をくれたので夫に代わろうかと訊くと、それには及ばない、アルハンブラへ行ったのだが混雑していて昔の面影は無かったと早口に言い、それなり電話を切ってしまった。
 その電話が病院からだったことも後から知った。間もなく意識不明に陥り一ヶ月後に亡くなった。
 スペインのアルハンブラ宮殿は昔、彼と夫と私で訪れた場所である。宮殿を散策しながら、豪放磊落に見えるその人の後姿がひどく哀愁に満ちていたことを、今でもはっきりと思い出す。素封家を継ぎ、数々の事業を展開していた人の、表には見せない繊細な心が、ふと流れだした瞬間だったのだろう。

 畑の横には今、ムクゲが咲いている。我が家のムクゲはまだ小さくて次々花開くというわけにはいかないが、青空にポツンと浮かぶ白色が、アルハンブラでの彼のシャツ姿を髣髴とさせてひどく胸に沁みるのである。 (2005年8月31日)

 
 

 

 

ムクゲ アオイ科 アジア原産 朝開いて、昼過ぎにはなえ、夕方にはしぼむ。槿花のはかなさをうたわれる。白無地は花の形がひとまわり大きい。

 
 
 
     
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