料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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南蛮ギセル
 

 心に残っているのはパイプである。いや、パイプをくわえた初老の男性の姿である。
 幼稚園に通っていたころのことだから、場所は本郷ではなく、それ以前に住んでいた大塚でのことだ。
 男性はパイプのほかに目立つものがまだあった。ふちの丸い帽子である。おそらくベレー帽かハンチングの類だろう。はみ出た髪には白いものが混ざっていた。
  彼は私の家の前を通ったのである。庭で遊んでいた私は、じっとその姿を見つめたのである。彼がこちらに顔を向けた様子はない。
 人が人のいる前を通る。なんということもない日常の光景である。ただしそれは、その人が普通に歩けばの話だ。 

 当時、我が家からそれほど遠くないところに盲学校があった。多分私は校舎も見ているはずだが思い出せない。覚えているのは太鼓の音である。その学校では始業の知らせなどに太鼓を鳴らしていた。ドーン、ドーンと腹に響く音を今でもはっきりと覚えている。
 家の前を歩いていた男性はその太鼓の音に合わせて、ドーシ、ドーシと歩いていたのだ。小柄な身体でゆっくり大股に歩くのは大儀なことに違いない。実際、バランスをくずしながら、それでも一歩一歩太鼓に合わせて歩いていた。しかも手にはパイプである。それは時に宙を舞い、時に口元に運ばれ、見世物の小道具のように私の前を通り過ぎて行くのだった。

 次に彼を見たのはドブ板のそばである。家の前に側溝はなかったから、通りを一つ二つ越えて遊びに行っていたのであろう。幼いころの私は、母の表現を借りれば、とにかくタッタカタッタカ走り回る元気な子供であったそうだから。
 そこには何人かの大人が集まっていた。近づいてみると、水浸しのドブ板の上には大きく膨れ上がった猫の死体が山になっていた。驚愕した私の前に、まだまだ猫は引き出されてくるのであった。
 初老の男性は後ろの方にいた。小刻みな足取りで行ったり来たりして、かなり興奮している様子だった。しっかり握られたパイプが宙を舞うこともなかった。
 大人たちの切れ切れの会話の中に「毒物」というような言葉もあったが、警察が来るでもなく猫の死体は翌日どこかへ運ばれていき、新聞にも載らなかった。
 結局、事故だったのか事件だったのか何もわからないまま、やがて私たち一家は太鼓の鳴る町を去ることとなった。(2005年9月30日)

 

 

 

南蛮ギセル  ハマウツボ科  マドロスパイプのような形の花。ススキ、ミョウガ、シバなどの単子葉植物の根に寄生し、群生することもある。

 
 
 
     
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