料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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花族
 
 
 
 

 周辺の山には自生の萩が多く、十月に入ってもまだ古代の装飾品のように奥床しい色を見せてくれる。
 萩は鹿鳴草とも言われ、鹿と合わせて歌に詠まれることが多い。萩は下露の風情が一般的だが、風を鳴らす荻(オギ)の無い我が裏山のような場所では風もまた萩の担うものである。萩にしろ荻にしろ、上葉を渡る風の音と牡鹿のせつない鳴き声が、いにしえ人の心を捉えたことに違いはなかろう。

 つい昨日のこと、友人宅で、寂蓮の「槙立つ山」の歌と蓋裏に仏像の線彫りのある埋もれ木の香合でお茶を頂戴したのだが、そこの結界が萩でできていた。黄瀬戸の細水指の奥に低い垣のように置かれていた。それでお茶杓が「筒井筒」と伺えば、ああ、埋もれ木は在原寺であったか、水指は井筒であったか、ご亭主は業平の妻女であられたかと、晩秋の古寺に佇む思い一入なのであった。
 結界は出来上がるまで三年もかかったそうで、なるほど同じように並んだ枝の緻密さに苦労のほどが偲ばれる。

 私も萩で薪の蓋置を作ったことがあるが、ゴツゴツした枝は思うようには揃ってくれないものなのである。婦人誌が私の茶会を取り上げてくれたので能の「黒塚」を題材に知恵を絞ったというわけだ。
 黒塚とくれば、鬼女。もちろん私の役どころである。山伏に扮するは、前にも触れた「三姉妹の会」のM女史と、茶人であり草月の作家でもあるN子さんであった。

 実はその朝、長年そばにいてくれた愛犬が死んでしまった。それで別室に死骸を置いたまま取材を受けるはめになった。黒塚は鬼女が薪を取りに行っている隙に山伏が閨の死骸の山を見てしまうという筋書きだが、黒塚と決めた時から愛犬の死は決まっていたのかと、背筋が凍えるような思いで茶を点てたものである。
 別儀ながら、「見ないで」という懇願を裏切って閨を覗くなど、人にあるまじき行為と憤慨する。また、怒った鬼女の心を救ってやることもせず念仏で調伏してしまうなど、彼もまた鬼、と思うのは私だけだろうか。

 ほどなく私は欝状態に陥ってしまった。いわゆるペットロスである。更年期も重なって人に会うのが苦痛になり、「三姉妹の会」も自然消滅してしまった。
 あれから七年、なんとかお茶を楽しめるまでに回復したのだが、あの萩の枝を取りに山に分け入ったのが、私という茶鬼の最後であったかとも思う。道具を見れば欲しがり、無理をして手に入れれば披露したくてまた無理をする。そんな欲の塊に成り果てていた私の。
 
 茶室で耳をすますと、萩の葉を鳴らす風が妙に心に引っかかる。山に封じ込めた鬼の気配を感じるからだろう。今日はひどく茶が苦い。(2005年10月21日)

 

 

 

  マメ科 東南アジア、北米に分布する落葉低木又は草本の総称。日本人に古くから愛され、秋の七草のひとつでもある。ヤマハギは山地にもっとも普通の種類。

 
 
 
     
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