料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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野ブドウ
 


 山梨に家があれば葡萄の種類や収穫について多少は詳しくなる。村の人たちとの挨拶も 葡萄抜きには成り立たない。村道で立ち話の合間に路傍に目をやると、そこにもブドウが
ある。ただしこちらは食べられない蔓性の野ブドウである。ぎっしりついた実は、青、紫、 ピンクと色に変化が多く、宝石のように美しい。

 本郷にいた頃、この野ブドウのような首飾りをしている女性がいた。とうに五十の坂は 越えていたろう。恰幅のよい人だったが、歩くときにはいつも杖をついていた。そのせいなのか身体全体が前かがみになっていた。大きな首飾りは身体から離れてゆらゆらと揺れ、なんだかその重さのために前かがみになっているように見えるのだった。

 この人は月に一度、土曜日の夕方、母に刺繍を習うために我が家に来ていた。玄関が開 くと、継父はプイと飲みにでかけてしまう。
「悪いかしらね」「いいんですよ、こちらも息抜き息抜き」と毎度のやり取りのあと、私の寝る時間まで二人は楽しそうに針を刺していた。 
 私はこの人を手相見のおばさまと呼んでいた。すぐに人の手相を見たがるからだ。それによると、私は三度結婚し子供も三人ということだった。三度の結婚とは、当時の子供相手にしてはずいぶん夢のない話であったが、それはそのまま母のことのようで、それを知っていて言ったのかどうかは謎である。母がその時どのような顔をして聞いていたのかも私は見逃している。

 さて、もう一つの謎、はずさない重い首飾りについては、私なりに思い当たることがあった。手先の訓練である。
 話の合間にも、刺繍の手が止まったときにも、よく片手で首飾りを触っていた。私はべったりと母の横に座って、順繰りに送られていく美しい玉を見ていた。
 以前から刺繍を習うその手が、足と同様少し不自由なことは聞いていた。そして、訓練にもなるからと勧められて刺繍をはじめたことも。だとしたら、首飾りを順繰りに送ることも手先の訓練をしていると子供の私が考えても不思議はない。昔は脳溢血で倒れた老人などが胡桃の実を二つ握ってジョリジョリと動かす姿は珍しくなかったのだから。


 手相見の女性がどのくらいの間、母の元へ通っていたのかよく覚えていない。それどころか、その存在さえもすっかり忘れていた。
 思い出したのは、インド旅行の際、イスラム教の男性が手にした数珠を順繰りに送っている姿を見たときである。それも、もうずいぶん昔のことになった。(2005年11月13日)

 

 

 

野ブドウ  ぶどう科 こぶ状に集まった径7〜8ミリの球状の実は色がまじりあって美しいが、これは虫こぶで、本当の実は小さく目立たない。

 
 
 
     
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