料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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 裏山では松枯病による松の変色が目立つようになった。難を逃れても荒れるばかりの山では生き長らえるのはこれまた難儀なこと、根引きの松の風習など遠い昔のことになりつつある。

 枯れた松といえば、我が家の盆栽を思い出す。継父が残していったのを母が面倒をみていたのだが、それも生活が大変になると庭の片隅に放置されたままになった。やがてその辺りに野良猫が蹲るようになった。野良猫はミーと呼ばれてうちの飼い猫になった。
 当時私は高校生だったが、水上スキーのジャンプ競技で背骨を痛めてしまい、練習はもとより学校へも行けず家で寝たり起きたりしていた。 

 母は仕事探しにでかける毎日であった。目が悪くなって洋裁の仕事を続けられなくなっていたのである。
 ある日プルッと小さな音をたてて電話が止まった。止まるときにはそのような音がするものなのか、それとも母がちょうど連絡を寄越そうとしていたのかわからない。私は雨戸も開けない部屋の中で、猫を抱いてひたすら母の帰りを待っていた。
 

  とうとう夜になっても母はもどらなかった。空腹に耐えきれずヨロヨロと台所へ立った。冷蔵庫には何も無かった。米櫃も空だった。何処を開けても菓子の片鱗さえ無かった。愕然とした私はそれでも必死に探してわずかなメリケン粉と味噌を見つけた。フライパンでメリケン粉を焼き、具のない味噌汁を作って頬張った。
 気が付くとミーがじっと見つめていた。猫だって空腹のはずなのだ。わずかに残った焼き粉をやろうと思った。しかし思うより早く残りを口に入れてしまっていた。ミーの顔を見ないようにして呑み込んだとき、自分がうとましくて涙が出た。 

 母は翌朝、一抱えの食料とともに明るい顔をして戻ってきた。入れ違いにミーは外へ出ていった。母が怪訝そうに何か言ったが、私は口をきかなかった。
 それからしばらくすると、母はお茶漬け屋を始めた。シナリオ学校で一緒だった女性と共同経営ということだったが、お金はほとんどその人が出した。母は料理の腕だけを提供したのである。
 

 猫のミーはあまり家に寄り付かなくなった。たまに姿を現してはニャーと鳴き、またどこかへ消えた。最後にミーがやってきた時、首には美しい首輪がつけられていた。
 思えば優しい猫だった。家の窮状を察して外でエサを食べてくれた。どこかに義理ができると別れを言いに来た。それにくらべて私は・・・。 
 その思いは何十年経っても心の底にこびりついている。 (2006年1月6日日)

 

 

 松科松属の常緑高木・低木の総称。アカマツ、クロマツの材は建材、器具、薪炭、パルプなど様々用途があり、幹からは松脂をとる。クロマツ、ゴヨウマツは盆栽などに。

 
 
 
     
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