料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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山ツツジ
 母のお茶漬け屋に実父が現れたのは、開店して間もない頃のことであった。のっそりと入って来た父に母の顔がパッと明るくなる。ただそれだけのことなのに、私は自分の知らない母を垣間見たような気がして戸惑ったものだ。
 

 ある時忘れ物を取りに戻ると、ガラスの引き戸に母と父の踊る姿があった。大きな音をたてて中に入ると母がとろりとした目でこちらを見た。
 そこへ一人の男性が入ってきた。有名な映画俳優であった。近くに知人の店がある関係で母のお茶漬け屋にも時々顔を出していた。
  どういう加減でそうなったのかわからないが、私はこの俳優と踊りはじめたのである。狭い店内で二組の男女が黙々と踊る。さぞ奇異な光景であったろう。しかし当の私は、母が踊っているのが昔のスターであり、自分が躍っているのが今のスターであることに、優越感に似た思いを抱いてご満悦だったのである。
 

 この俳優にプールに誘われたのは数日後のことである。ホテルと聞いて母はうろたえていたが私はいとも簡単に承諾していた。泳ぎたかったからである。水上スキーの選手になる前は、平泳ぎの強化訓練を受けるほど水泳が得意だった。それがいろいろあったために泳ぎから遠ざかっていた。
 プールは小奇麗で空いていた。皆デッキチェアで寝そべるばかりでほとんど水に入らない。そんな人たちを尻目に水しぶきを上げて飛び込んだ。俳優もしばらく付き合ったが追いつけず、やはりデッキチェアの人になってしまった。かれこれ二時間近く泳ぎ続けただろうか。プールから上がると俳優はサングラスをかけて目を閉じていた。帰る旨の挨拶をすると片手だけ挙げて応えた。目は閉じたままだった。
 後で知ったことだが俳優はそこの支配人と懇意で、女性を部屋に連れ込むことも多かったらしい。度肝を抜く泳ぎで私は難を逃れたのである。
 

 興ざめしたのか俳優はあまり顔を出さなくなった。父の方は相変わらずやって来ては、酒を飲み煙草を吸い、踊っていた。今度は一人踊りである。クネクネといつまでも続くこのダンスを私はタコ踊りと呼んだ。
 父と一緒に「青い部屋」に行った時も、父は私をほったらかしにしてタコ踊りばかりしていた。戸川昌子さんが「沼っちゃんたら・・」と呆れ顔で笑っていた。
 深酒と煙草が祟ったのか、やがて父は身体を壊し、快方に向かうと民話を探す旅に出た。キャンピングカーで一緒に回らないかと誘われたが、その時は民話にも地方にも興味が無く断った。旅を終えた父は民話の語り部となり、再婚もして、私たちの元を訪ねることも無くなった。
 その父が昨日亡くなった。テレビのニュースでそれを知った。山ツツジが燃えるように咲く朝のことである。 (2006年4月30日)

 

山ツツジ ツツジ科 葉が春と秋に出て、秋葉が冬を越す。庭などに植えられる狭義のツツジは山ツツジ群である。山ツツジ、キリシマツツジ、ミヤマキリシマ、サツキ等々。サツキとミヤマキリシマからは多くの園芸品種が作られている。

 
 
 
     
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