料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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山芍薬
 薄暗い林道で山芍薬の白い花に出会うと心臓が止まりそうになる。気品もさることながら、漂う寂寥感が植物の域を超えているのだ。つい手を合わせたくなる。そのとき心に浮かぶのは、この花のように気高く寂しげだった、ある男性のことである。

 伴野さんはヒロミという名からは想像もつかない巨漢であった。たしか学生時代は柔道の選手だったと思う。笑うと小さな下がり目がクチャッとなり、味噌ッ歯のような黒い歯が見える。丸っこい赤ちゃんの笑顔そのままに、伴野さんは本当にいい人だった。
体育系らしく酒には滅法強かった。母の店で静かに飲んでいた姿を思い出す。

 伴野さんには専用の盃というのがあった。母が誰だかにもらった五客揃いの大樋交盃で、その中の白を愛用していた。私は真っ先に黒を自分のと決めていたので、暇な夜は大徳利が白と黒と、たまに母の朱との間を行きつ戻りつした。

 その頃、酒の味を覚えたてだった私は若さにまかせてカッパカッパとやっていた。「だいじょうぶかい?」。心配そうな伴野さんの顔がのぞきこむ。「そうよ、もうおよしなさい」。母が背筋を伸ばす。私は黙ってピッチを上げる。「反抗期が長くて」と母が笑う。キッとなった私の盃に酒を注ぎながら、「飲みたい夜もあるよねえ」。赤ちゃんの笑顔が心を和ませる。伴野さんがいると親子喧嘩は影を潜めてしまうのだった。

 私が帰るときは家まで送ってくれた。それから店へ戻って今度は母を送ってくるのである。きっちりとそれだけのことを頼みもしないのに毎晩のように繰り返すのだった。
 少し後ろを歩いてくる下駄の音、俯き加減に煙草をくゆらす癖、戻って行く後姿のはかなさ・・・忘れようとて忘れられるものではない。

 その伴野さんが突然死んだ。三十までまだ何年も残していた伴野さんの死因は医者にも分からなかったそうである。急に胸が苦しいと言い、かつぎこまれた病院であっけなく逝ってしまった。
 お人好しだったから死神に取り付かれたと嘆く母は逞しい息子を、私は気のいい兄貴を失くしてしまった。お線香を上げに行きたくても、毎晩送ってもらったお茶漬け屋の母娘なんて聞いたらご家族が変に誤解しやしないかと遠慮した。

 それから一年後の命日、伴野さんの盃を取り出すと薄墨色の滴が一筋垂れていた。それは低い温度で焼かれた陶土の宿命として雨漏り状のしみが出ただけのことかもしれない。白泥に出やすいのも理屈かもしれない。それでも私はそれを伴野さんの涙と信じたい。(2006年5月18日)

 

山芍薬  ボタン科 山地にはえる多年草。高さ30蚊ら40センチ。果実は袋果で、開裂すると内部は赤色、種子は黒色で非常に美しい。
ツジ科 葉が春と秋に出て、秋葉が冬を越す。庭などに植えられる狭義のツツジは山ツツジ群である。山ツツジ、キリシマツツジ、ミヤマキリシマ、サツキ等々。サツキとミヤマキリシマからは多くの園芸品種が作られている。

 
 
 
     
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