料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ホタルブクロ
 六月の楽しみはホタルブクロと蛍だろう。ホタルブクロは美しい花なのに丈夫である。村の道作りで刈り取られても、丈を短くしてすぐまた出てくる。蛍の方は、我が家から五キロほど下った用水路で今も変わらずその姿を見ることができる。
 はじめて蛍を見たのも、この用水路からほど近い水田であった。縁あってこの地に農家を借りて通いだした二十年前、近所のおじさんに連れられて行ったのである。

 その晩、酔ったおじさんは一旦辞し、息子を連れて戻ってきた。
「急なことでもうしわけありません」
 私の母が挨拶をしながら助手席に乗り込む。おじさんと私たち夫婦は軽トラックの荷台に落ち着いた。しばらく走ると広々とした水田地帯へ出る。彼方には、町の灯りがふっと一息で消えそうなくらい頼りなくまたたいていた。
 

 風のないどんよりした夜だった。しきりに扇子を動かす母の隣で、私はしゃがみこんで星のない空を見ていた。突然目の前で青い粒が光った。あわてて立ち上がると、紛れもない蛍が飛んでいた。それこそ水路の周りから畦道の上、伸び始めた稲穂の先にまで、無数の蛍が光を放っていたのである。
 しばらくするとボチャンッと音をたてておじさんが田んぼに落ちた。両手で空を掻くおじさんの姿に、私たちは腹をかかえて笑った。おじさんも前歯のない口でアハアハと笑った。蛍の群れも笑っているように右往左往していた。それは星空に迷い込んだような不思議な情景だった。
  蛍は数を更に増やして、うっかりしていると顔にだって当たりそうだった。母は歓喜で声が裏返っていた。夫は源氏蛍か平家蛍かと悩んでいた。おじさんは満足そうに煙草をくゆらせていた。息子はそこに居ない人のように立っていた。

 帰りはおじさんが助手席に座った。「ね、いい人ね」と母が言った。その人柄を信用できないと夫に訴えたこともあったが、毎週のように押しかけてくるので否応なく付き合いが続いて、やっと友人になれたのかもしれないと私、も思いはじめていた。振り返ると、小さな四角い窓におじさんと息子の頭が黒くゆれていた。

 家に着くとおじさんの手にホタルがいた。「いっしょに来ちゃったの?あなた」と語りかける母の手から、私、夫へと移動して、蛍は裏の川へ放された。その夜から母はおじさんのことを「ホタルのおじさん」と呼んだ。
 そして二年ほど経った。気が付けば、土地を購入しようとした代金をそっくりおじさん一家に騙し取られていた。それを聞いた時、母はなにも言わず少し笑っただけであった。車に迷い込んだあの夜の蛍のように、それは儚い笑いだった。 (2006年6月30日)
   
 

 

 

ホタルブクロ キキョウ科 原野や山地に生える多年草。花は白から紅紫色で釣鐘形、濃紅紫色の斑点がある。先が5裂し、下を向いて咲く。

 
 
 
     
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