料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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山百合
 

 小学校時代、私と机を並べていたMさんは脳に病を持っていた。身体がとても大きくて、それが病から来ているのか、就学が遅れでもしたせいなのか分からない。私とMさんは特に仲良しというのでもなかったが、彼女と一番一緒にいたのはやはり隣の席の私であった。

 短く刈った髪の先端がわずかにかかる頬には愛らしい雀斑があり、いつもぶつぶつ呟きながらお絵かきをしていた。時に奇声を発するようなことがあってもすぐに静かになった。体操の時間には運動場の端でドスンドスンと一人でケンケンをしながら、楽しそうに笑っていた。

 そのMさんが突然死んでしまった。大人たちには予測できた事態だったのかもしれないが、同級生にはそれこそ寝耳に水であった。横綱級の力持ちであった彼女は、子供が描く死のイメージ、たとえば幽霊のような陰湿でひ弱なもの、からは一番遠いと思われていたからである。一年生の(ひょっとしたら二年生であったか)クラス全員が、死というものが決して陰湿でもひ弱でもなく、むしろ相撲のうっちゃりのように力強く抜け目のない存在であることを知った瞬間である。

 Mさんの死を知った翌日、私は同級生の女の子と二人でMさんの家に行った。一緒に行った子が誰だったのかまるで思いだせない。覚えているのはMさんの写真の横に飾られていた背の高い百合の花と、母に叱られたことである。

 小学生にもなればお葬式に香典を持っていくことぐらい知っている。そこで大切にしていたピカピカの十円玉を持っていったのだ。一緒に行った子も同じである。二人で事前にそう決めたらしい。おやつから洋服まで母がなんでも作るので小遣いを持たされなかった私だが、それでもたまにはお駄賃をもらうこともある。その中で宝物のようにしていたのが真新しい十円玉であった。一番大切なお金を持って行く事がMさんの供養になると、どうやら思ったらしい。
 
 Mさんの家は商売でもしていたのか表が何枚かのガラス戸になっていて、開けるとすぐにMさんの写真があった。平屋の、天井がとても低い家だった。「お線香を上げにきました」と言うと、お母さんらしき人が涙を流しながら「ありがとね」と言った。次に十円玉を出すと、「これはいいのよ」と言った。部屋にはお線香の香りと百合の香りが充満していて息苦しいほどだった。よく見ると百合の花びらには雀斑のように美しい茶色の斑点があった。

 帰ってから十円玉の話をすると、母が顔を曇らせてため息をついた。私は訳がわからず、ただただ切なかった。頭を垂れたままそっと掌を開けてみる。十円玉はいつものように明るくキラキラ輝いて、ぷんと百合の香りがするようだった。(2006年7月31日)

 

 

山百合ロ ユリ科 多年草 本州(中部以北)から北海道の山野の草地に生える。高さ1メートル内外。草の中では最大で、香りが強い。

 
 
 
     
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