料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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コスモス
 撮影所に本当にコスモスが咲いていたのか、私の中のアチャコさんの記憶に勝手にコスモスの背景を添えてしまったのか判然としない。どちらであっても、優しいアチャコさんとピンクのコスモスほど、しっくりくる組み合わせは他になかろう。

 児童劇団にいた私はテレビや映画の仕事もしていたわけだが、撮影現場はテレビより映画の方が断然おもしろかった。自分の出番などわずかなものだが、長い待ち時間も撮影所では飽きるということがなかった。カチンコの音、監督の怒声、助監督の目まぐるしい動き、照明やカメラにたずさわる人たちの会話、休憩している俳優。そのどれもが興味深く、ぞろぞろやってくる見物人までおもしろかった。
 

 私のような端役の子供が撮影所でスターに会えることはまれであったが、それでもたまにはびっくりするような人とすれ違う。
 美空ひばりさんがガウン姿で通り過ぎたことがあった。私は楽屋まで行ってお付の人にサインを頼んだ。それまでスターにサインを貰ったことなど無かったので、緊張して冷や汗が出た。
「ごめんね、ひばりさんはね、こういうのにはサインしないの」
 私は使い古しの手帳を差し出していた。小学校の二年、直接声をかけるのは無礼だと弁えていても、色紙やサイン帳を用意する礼儀はまだ知らない。なるほどそういうものかと納得し、でもさすがにがっかりしながら歩き出すと、私を呼び止めた人がいる。
「おじょうちゃん、おじょうちゃん、わてがサインしたるわ」
 それは漫才師の花菱アチャコさんであった。私はそんなお爺さんののサインなんか欲しくはなかったが、せっかくの申し出に断るのも憚られた。
 

 アチャコさんは巾着から黒い万年筆を取り出して書こうとしたが、どうした具合か万年筆がゆるんでペン先が落ちてしまった。それも着物姿のアチャコさんの股ぐらへである。アチャコさんは足を開いて切り株のようなものに腰掛けていた。
「ええか、見ててや、よう見ててや」
 アチャコさんはそう言って大きな手で風呂敷のように広がった着物の裾を撫で始めた。私は私でペン先が地面に落ちてはと、股引をはいたアチャコさんの股ぐらを懸命ににらんでいた。
 幸いペン先は見つかって、それでサインしてもらったわけだが、「見ててや、見ててや」という大阪弁と気さくな人柄、足を開いて座った姿などが、コスモスに縁取られた一服の絵となって長く私の心に残ったのである。
 

 家に帰ってからその話を母にすると、「大事にしなくちゃ」と手帳を両手で挟み、いつまでもヒクヒクと笑っていた。(2006年11月1日)

 

 

コスモス キク科 メキシコ原産の春蒔きの一年草。 アキザクラとも。白、ピンク、紅色など。八重咲き、丁字咲き、大輪咲き、早咲きなど園芸種がある。

 
 
 
     
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