料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ソメイヨシノ

 神のような桜が誰にでも一本はあると思っている。いや、一本でなくてもいい、桜を見る度に魂をゆすぶられる感動は、いつも少し宗教的なのだから。
 
  私の一本は今はもうこの世にない。かつて渋谷区の幡ヶ谷に空き地があって、桜はそこの斜面に植えられていた。週末になると球技を楽しむ大人や子供で賑わったが、平日はたまに日焼け目的の男性が寝転んでいるだけで、それも豆粒ほどにしか見えないくらい広大だった。犬連れもいるにはいたが、朝と夕方に集中していたので日中は閑散としていた。それは桜の時期であっても同じだった。私は、だから誰にも邪魔されず、枝と平行に寝そべって心ゆくまで花と語らったものである。蕾の時期にはこちらの問いかけに淡いピンクの頭をひよひよと振り、満開時には悪戯気に花衣を広げて見せる。やがて別れに至れば止めど無く涙をはらはらとこぼす。襲ってくる哀しみがどんなに沢山でもひやりと柔らかかったのを覚えている。家に帰れば帰ったで、本の間から花びら一枚舞い落ちて名残の文字を書いていく。そんな贅沢が何年も続いた。そしてある日、空き地は無くなった。

 新宿の再開発地に立つ三本の桜が伐られると聞いて、矢も立てもたまらず見にいった。満開に達していて、むんむんとふくれた命のしずくを今散らそうかというところであった。三本は場所によって二本に見えた。シートで囲われた敷地をグルグル回って、隙間隙間から桜の姿を目に焼き付けた。翌日もその翌日も。

 四日目のことである。覗き込んでいる私の背中をつつく人がいた。振り返れば高齢の婦人である。「見に来たの?」「・・・」「あたしも見に来たのよ。キツネ」「えっ?」「キツネを見に来たんじゃないの?ほら、あすこ」
 つられてまた覗き込む。ネコが一匹崩れ残った石塀をよじ登っていた。顔を戻すと、婦人が「ねっ?」と満足そうに笑った。「母ギツネと小ギツネが二匹、ずっといるのよ。ああよかった、今日も元気なのね」
 婦人はゆっくりと坂を下りて行った。後ろ姿を見送りながら、大病院も近いことだしもしや、と思わずにはいられない。帰り際にもう一度覗き込んでみた。桜以外に何もない。ネコもいなくなっていた。それでも散り始めた花びらの向こうに、寂しげな顔をした三匹のキツネが見えたような気がした。
  もしやと思うのはこちらの心の貧しさであろう。キツネの親子が今ここにいると信ずることのほうが、ずっと自然で美しい。
 見上げると空は蒼く、ビルは森のような色をして聳えていた。きっと三本の桜は婦人の神様だったのだろう。それとも婦人こそが神木桜の媼であられたか。(2007年4月15日)

 

ソメイヨシノ バラ科 オオシマサグラとエゴヒガンあるいはコマツオトメの雑種。接木である関係で寿命が短く、50年もたつと老衰する。

 
 
 
     
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