料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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アジサイ

 長い間苦手だと思っていたアジサイをとうとう庭に植えた。元来丈夫な植物なのか湿気の無い土地でも順調に育っている。
 

 しばらく暮らした京都から私が舞い戻ったのはちょうど今頃、鬱陶しい梅雨の最中であった。毛利菊枝さんという偉大な新劇女優の家に弟子入りし、やがて近くの寺に居候、果てに逃げ帰った。十八歳だった。 

 父は京都のくるみ座という劇団の出身である。その主宰者が毛利先生だった。その伝を頼って母が私の弟子入りをお願いしたのだ。これは母の大いなる誤算であった。人との付き合いが苦手だった私は、できれば絵を描くようなことをしたかった。ただ母を失望させてはいけないとも思っていた。そのチグハグな思いが毛利先生のお宅で噴出してしまった。
 先生のお宅はご高齢のご主人とお姉さんが一緒に暮らしていたが、そのお姉さんと衝突してしまった。
  とにかくコミュニケーションというものが成り立たない。生活習慣もまるで違う。当然こちらが合わせるべきところを、その才覚が私には無い。
 

 軋轢を心配された先生の配慮で近くの寺に預けられた。そこは二階が京大の学生の下宿になっていたため、私は一階の本堂の隅に障子をたてて寝起きすることになった。法事の度に荷物を持って右往左往しなければならないのが落ち着かなくて、先生のお宅へ伺わないときは黒谷の墓地で時間を潰すようになった。
 ちょうど太秦の撮影所に来ていた父に相談に行くと、「君は女優に向いてない」と言われ、突き放されたような気持になった。「君」も変に気になった。
 

 その頃、下宿している学生に葵祭りへ誘われた。祭りを見終わるとお茶も飲まずに帰ったのに、玄関で住職が仁王立ちになっていた。学生はすでに二階へ上がっていた。私だけが叱られたのである。住職は真っ赤な顔で「学生たちは大事な預かりものだ」と、私がまるで誘惑でもしたような言い方をした。「裏に下着なんか干して」
 部屋もない私にどこへ干せというのだろう、住職の言葉は理不尽にしか聞こえなかった。
八方塞がりだった。
 
「なあに、小山みたいじゃないの」
 母は明らかに落胆していた。私は丸々と太っていた。激しいスポーツを止めたせいもあるが、京都で無闇に食べていたからである。反動で今度は拒食症になった。
 それからも長い間、母の表情から戸惑いの色は消えなかった。親子でも、いや親子ゆえに、他人よりも届かない場所がある。
 妙に哀しいアジサイの色である。(2007年6月30日)

 

 

 

アジサイ  ユキノシタ科 装飾花4枚で径2,5cmくらいの花が多数集まって鞠のような形になる。その年咲いた枝には、次の年は咲かない。

 
 
 
     
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