料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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百日紅

 公園で百日紅の花の洪水を見た。
  山仕事で鍛えた老人の腕のような幹の上に葉の天蓋があり、そのすべてに濃い紅色がはじけていた。
 いかなる花でも満開時には一種の凄さがあるが、ここの百日紅たちの生命の発露もまた格別であった。厳かで、幽玄で、まるでお能を観るようだ。

 孫さんは、孫二郎もしくは孫四郎という名だった。どっちにしろ孫さんに男の兄弟はいない。妹が一人いるだけだ。父親か親族の誰かが孫一だったり孫三郎だったりしたのかもしれない。
  両親を早くに亡くして親類に育てられた。妹の方は赤子のときにどこかへ貰われていった。
 孫さんが生家へ戻ったのは中学を卒業してしばらくしてからだった。一度は町で就職したらしいが結局生まれ故郷へ戻ってきた。生家の炭焼き小屋はすでに朽ちていた。孫さんはそれを年月をかけて建て直していった。
  生計は山からの贈り物で立てていた。孫さんは蝮取りと茸狩りの名人だった。小さい頃からその方面には勘が良かったらしい。
 

 結婚もせずに六十もいくつか過ぎた。酒も煙草も嗜まなかった孫さんの唯一の楽しみは花作りだった。自分で採取した山の草花を家の周囲に植えているうちに近隣で評判になり、その方面の売買も多少できるようになった。孫さんは益々花作りに精を出した。その頃になると蝮の数が激減していたからだ。
  孫さんは一本だけ残した蝮入りの一升瓶を眺めながら話をする。その蝮は生家に戻って最初に手にした一匹だった。土を掘り返していて冬眠中の蝮に行き当たった。それを一升瓶に入れて大事に保管していた。たまたまとはいえ、眠っている相手を捕まえたことに良心の呵責を覚えたのである。そんなわけで蝮との会話はいつも謝罪から始まった。「悪かったじゃ、大将」と。

 そんな孫さんにも恋をした経験はあった。相手は小屋にたずねてきた妹だった。孫さんは妹と気付かずに、ただただ胸が苦しかった。妹と知ってからも鼓動の激しさは収まらなかった。妹は生家の貧しさと孫さんの様子に驚いたようで、墓参をすますと話もせずに帰っていった。孫さんの最初で最後の恋は野の花のように音も立てずに散ってしまった。
「大将やい、おめも心臓がこんななったことがあったけ?」
 一升瓶を持ち上げると濁った液体がとろんと動き、鱗がいくつかゆっくり舞った。
 孫さんはその晩、謝るのも忘れていつまでも話し込んでいた。
 
 孫さんはずいぶん前に亡くなった。小屋はまた葛の葉の下である。丹精した草花も茅の原に跡形もない。
 思いがけなく百日紅に襲われて、ある老婆に聞いた孫さんの話を思い出した。(2007年9月3日)

 

百日紅 ミソハギ科 中国原産の落葉高木。紅または白色の花。花弁は6枚。繁殖は実生か挿し木。 

 
 
 
     
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