料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ジンジソウ

 家から数分のところに沢があり、この時期、小さな白い花を見る。人字草である。確かに人が歩いたり立ち止まったりする形に似ている。小人の国の雑踏を上から見るようで微笑ましいが、数の割に寂しく映るのは、色なのか、こちらの感傷なのか。

 国立新美術館で「安齋重男 私・写・録」展を観た。懐かしい顔を探しに行ったのである。彼らの姿は70年代に集中しており、その大半が現代美術家、母のお茶漬け屋に顔を見せた人たちである。「ぼろん亭」と名づけられた店には芸術家がよく集まった。芸大の画家も多かったし、作曲家もいたが、目立ったのはやはり現代美術の人たちだったろう。とにかく賑やかだった。いつもグループでやってきては立ったまま話をする。芸術論もあれば下世話な話もある。母は裏に住む大家さんの苦情を気にしながら、それでも楽しそうに応対していた。写真展にはこの人たちの当時の姿が収められていたのである。

 最初に高松二郎さんを発見した。この人はそれほど来たわけではないが、雰囲気の良い人だったので母のお気に入りだった。続いて吉村益信さん。彼は当時のヒット作品「ホワイト・ピッグ・ラブ」の前でこちらを振り向いている。それから耳の三木富雄さん。大きな耳ばかり作っていたが、繊細な印象の人だった。早くに亡くなられたのが残念である。合田佐和子さんの写真もあった。三木さんの奥さんだった人である。当時お会いしたことはなかったが、偶然にも義妹の友人だった。後年、少しお話をしたことがあるが、妖精のような雰囲気の素晴らしい女性である。
 写真は続いて秋山祐徳大使。この人こそ賑やかさを地で行く人だった。ちょうどグリコのパフォーマンスのころだったが、背も声も高く、顔は目いっぱい明るかった。
 

 それと正反対だったのが作曲家の武満徹さん。小柄で静謐、遠くを見るような神秘的な眼差しの持ち主だった。武満さんの写真はちょうど私の目の高さ、例のほわほわ髪でこちらを見ていた。以前にも書いたが、私は武満さんの髪の毛を毟り取った蛮勇の少女だったのある。母が止めなかったら武満さんのおつむはもっとほわほわになっていたかもしれない。それを面白く思われたのか、その後もたまにとはいえ継続してお会いできたのは幸せなことだった。武満さんとよく見えたのが今をときめく池辺晋一郎さんだ。まだお若くとてもハンサムでいらした。彼があるときトロンボーン(たしかトロンボーンだったと思うが)奏者の松原さんという方を連れてきたときのこと。「それなーに?」と聞いた私のために松原さんがブオッと吹いてくださった。とたんに「今、何時だと思ってんのっ」と大家さんが頭にクリップの寝間着姿で怒鳴りこんできた。池辺さんと私の今も続く笑い話である。

 まだまだ顔見知りがいたかもしれないが、あまりの写真の多さに負けて会場を後にした。その後ずっと懐かしい顔を思い出しているが、やがてはそれもジンジソウのようひっそりと並んで脳裏を通り過ぎていくのだろうか。 (2007年10月12日)

 

ジンジソウ ユキノシタ科 大文字草より一回り大きい。五弁のうち、下の二弁が極端に長い。上の三弁は小さな卵円形。関東以西の湿り気の多い沢沿いなどに生える多年草。

 
 
 
     
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