料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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クロモジ
 花屋で早くもアオモジの枝が売られていた。アオモジは九州の山に多いらしく、山梨の家の周辺でも見るのはクロモジばかりである。それでつい買い求め、玄関の鉢にバサリと入れた。狭い場所のこととて枝を広げることもできず花芽もまだ硬いが、それはそれで春の到来の予兆である。うれしいことに変りはない。 

 本郷時代、クロモジの親分というのがいた。別に任侠の徒というわけではない。大工の棟梁だったのだが倒れて身体が不自由になった。この人が自分を親分と呼ぶのである。
「いいかい、こっちが親分のだよ。よく見てみな、姿がちがうだろ、え?」
 動くほうの手で指しているのはクロモジ、いわゆる楊枝である。親分はいつも縁側で苦労しながらクロモジを削っていた。近所の子供たちも真似してクロモジ作りに励んでいた。飽きたらず竹とんぼや竹馬に挑戦する年嵩の子もいる。親分の家は材木や鉋屑などがゴロゴロあったので子供たちの遊戯場のようになっていた。出入りする若い衆がうるさがって邪険に扱うと、親分が助け舟を出す。
「こっち来なこっち。そっちゃ邪魔だよ。いいかい、親分の俺も、子分のおめえたちも、カスなんだからなここじゃ」
 半身が不自由になると話し方にも影響が及ぶものだが、親分は多少語尾がゆるんでいたとはいえ早口だった。その早口でよくおかみさんと喧嘩をしていた。おかみさんも病人に対して少しの配慮もなくずけずけと文句を言っていた。「なんだい、もうゴロゴロ冬眠中の熊みたいに、掃除もできやしない」。すると親分は「鬼のカカアだね」と子供たちに同意を求める。しかし子供たちが頷くことはない。鬼に見えるおかみさんが本当はとても優しい人だということをみんな知っていたからだ。その上、山盛りの菓子を用意してくれるのはおかみさんである。親分に同意するはずもない。
  その菓子の山に親分がそーっと手を伸ばすと、鬼のおかみさんはピシャリと叩く。親分は甘いもの厳禁なのだ。その時の背中を丸めた姿が、なるほど熊にそっくりだった。
 
  お転婆だった私も親分の縁側の常連だった。時間をかけてやっと一本削り、その一本とお菓子をもらって「ありがとうございました」と帰ってくる。その頃には男の子たちはもう土煙をあげて相撲などしているのであった。
 本郷から引っ越して十年ほど後、近くまで行く機会があったが、親分の家はなくなっていた。門のそばにあった大きく傾いた石だけが残されていた。石の表面がぴかぴかと黒光りしているのは子供たちが゙挨拶代わりに上り下りした跡である。
 私のクロモジは、母が「芸術的ね」と笑った一本が最後となった。(2008年1月25日)

 

クロモジ クスノキ科 高さ2〜3メートルの落葉低木。幹や枝が緑色を帯びていて黒い斑点がある。小楊枝のことをクロモジというのは香りのよいこの木の枝で作るからである。

 
 
 
     
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