料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ラッパ水仙

 近所の公園に花壇があって、四季折々にいろいろな花を楽しめる。今はパンジーの類がほとんどであるが、横の方にクリスマスローズも顔を出し、後ろにはラッパ水仙も数本植えられている。わずか数本とはいえ鮮やかな黄色は春の日差しによく映えて立派である。

 ラッパといえばお豆腐屋さんのラッパを聞かなくなって久しい。
  昔住んでいた本郷は毎朝毎夕ラッパの音が響いていた。合間の「とーふぃ、とーふぃ」と聞こえる売り声もラッパに負けず年季の入ったいい喉だった。母に頼まれて持っていくのは決まって両脇に小さな手のついた鍋だった。「一丁ください」と言うと鍋を水槽に傾け、水と一緒に豆腐を入れてくれる。継父が留守のときは半丁だけ買う。おじさんが手の上でポンと半分に切ってくれるが、大きな四角い包丁を使うので、よく手を切らないものだと感心した覚えがある。

 継父の飲み友達に「ラッパ吹き」という人がいた。この人はラッパはラッパでもトランペット吹きだった。継父はこの人の話をするときは「ラッパ吹き」としか言わなかったのでその名を知らない。ひょっとしたら一度くらいは聞いていたかもしれないが「ラッパ吹き」という印象の強い名称に隠れて私の記憶には残っていない。
 ラッパ吹きの男性は独身で三十歳ぐらい、仕事の関係でか飲み屋に顔を出すのが立て続けだったりしばらく来なかったりした。立て続けに顔を出すようなときに継父が家まで引っ張ってきた。酔ってから来るせいか、服装がいつもだらしなかった。一方継父は酒に強くどんなときにも乱れるということがなかった。家の中のことや私の服装にまで細かく文句を言う継父が、どうしてラッパ吹きの人には何も言わないのか不思議だった。

 茶の間に座るや継父はすぐに茶漬けの支度をさせるがラッパ吹きは水をガブ飲みしてその場で大の字になってしまう。挙句にプーッと大きなおならをする。母と私はそのたびにクスクスと笑ったものだ。朝食の席の神妙な顔つきを見ると私は母に「夜中のラッパ」と囁いてまた笑う。そうやって継父が恐い顔でにらむまで笑っていた。
 

 継父の係累について当時も今も私はまるで知らない。実父のはそれこそ親から兄弟にいたるまで仔細に特徴なり寓話なりを母から聞かされていた。それなのに一緒に暮らす継父の両親や兄弟について何も知らないのはおかしなことといえばおかしなことだった。継父は事業に失敗していた。そんな事情から自分から疎遠になっていたのではなかろうか。母もその心情をおもんばかって話題にしなかったのであろう。

 継父がラッパ吹きの男性に兄弟の姿を見ていたかどうかは分からない。しかし時に変な人と親しくなる継父に、今の私なら彼の孤独を見るのである。(2008年3月20日)

 

 

ラッパ水仙 水仙の園芸品は豊富で、多くの原種から交配改良され、ラッパ、大杯、小杯、八重咲き、ジョンキル、房咲、口紅等11の系統に大別される。

 
 
 
     
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