料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

ホーム
  ご来店になる前に
  歴史
  お知らせ
  メニュー
  最近のおすすめメニュー
  おすすめワイン
  マスターのコーナー
  マスターの奥さんのコーナー
  おもろいお客さん
  花族
  畑情報 嵐のち晴れ
  リンク集
  地図
  更新情報
   

 
花族
 
 
 
シマフトイ

 乾燥した土地で庭いじりをしているせいか涼を呼ぶ水辺の植物が好きである。先日も花屋でシマフトイを見つけてつい買ってしまった。白と緑の横ジマの先端に茶色の花穂をつけて、異様と言っていいほど細長いのに変に人間ぽいのが面白い。

 原さんはちょうどこのフトイのような人であった。昔の人にしては珍しいほどの長身で、小さな日焼けした顔に切れ長の目が光っていた。かつて警察官だったせいか、普通の人には無い表情の緊迫感が印象的だった。   
 原さんは経理に明るくて舅の商売の帳簿を見てくれていた。毎年確定申告の時期になるとやってきて一晩過ごしていくのである。仕事をそこそこに終えると、まず酒である。無類の酒好きだった。それは舅も同じだから、元々はこちらの同好の士であったかもしれない。舅の呂律が回らなくなっても原さんは方は少しも乱れなかった。
 舅が亡くなった後もたまに来てくれて、酒を飲んで帰っていった。早いピッチで盃を傾けながら、私たちを相手に事件の犯人像のプロファイリングなどしてみせるのだった。

 原さんが病気だとお嬢さんが知らせてきたときには、すでに肺癌の手術を終えていた。主人と病院に行くと意外に元気そうで「いやあ、肺癌の五年生存率を調べててさ」と数字をずらずらと並べてみせる。相変わらずの怖い顔としゃがれた大声に私たちは安心した。
 数年後、再入院した原さんを一人で見舞ったことがある。小用で近くまで行ったついでだった。御茶ノ水のこじんまりとした病院の二人部屋。入り口側のベッドは空だった。
「そっちは先週死んだよ。俺も、おとつい危なかったらしいんだよ」
 原さんはいつもの早口で他人事のように言った。驚いた私が「イツツ」と腰をさすると「なんだい腰痛かい?大丈夫かい?」と逆に心配されてしまった。「ちょっと横を伸ばしていいですか」と私が訊くと「ああ、いいよいいよ」とベッドの半分を空けてくれた。二人で天井を見ながら、この時も原さんは世の事件や事故を憂えていた。同じベッドに並ぶなど、考えれば随分大胆なことをしたわけだが、それが自然にできるほど私は清廉潔白な原さんを父親のように慕っていた。
「これ持ってきなよ、俺はいくらでももらえるからさ」
 シップ薬を沢山いただいてほくほくと帰ってきたのだが、それから間もなく原さんは亡くなってしまった。

 棺の中の原さんは黒い顔を心持傾けてなにか考え込んでいるようだった。お嬢さんにベッドの話をしたら当然ながら変な顔をされてしまった。話すのではなかったと後悔した。(2008年6月30日)
 

 
シマフトイ カヤツリグサ科  フトイの園芸種。茎は1.5〜2m。径1cm。茎の頂に花柄を数本出す。根茎は泥の中を長く這い,節から根や茎を出す。
 
 
 
 
     
    目次
    ページの一番上へジャンプ