料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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バアソブ
 ジイソブ、バアソブという妙な名前を知ったのは結婚後だった。山歩きをするようになって、道端の小さな花々に目がいくいようになった。バアソブもその中の一つだった。
 何時、何処の山だったか覚えてないが、愛らしい姿に感動し、携帯用の植物図鑑で名前を探った。出会ったのは後にも先にもその1回きりである。それなのにバアソブだかジイソブだったかわからない。二つを一緒のものとして覚えてしまったのである。植物界の高砂というわけだ。

 高砂といえば、借りていた農家の隣に仲の良いご夫婦がいた。すでにお孫さんも成人する年齢だったが元気で車を運転し、畑で働いていた。
 ある時、私が崖下に落ちた。道端にバイクを止めようとしたら草の下に土がなかったのである。身は這い上がったが、バイクを引き上げることなどできそうにない。そこへちょうど軽トラックが通りかかった。見れば隣のおじいさんだ。喜び勇んで手を振ったら、急にスピートを上げて走り去ってしまった。
 その後しばらく何てひどい人だろうと思っていた。でもどうやら私を隣人と認識できなかったらしい。目がだいぶ悪くなっていたのだ。大きく見開いていたから、熊でも飛び出したかと肝をつぶしたのかもしれない。まだスズメバチのことを知らない頃で、私は黒づくめであったから。
 それからは挨拶をするようになった。最初はやはり誰だかわからないようだが、名前を言うと「ああ」と笑顔になる。トマトを食べきれないほど持ってきてくれたこともあった。やがて足腰が弱り出歩くこともままならなくなった。おばあさんに支えられて家の前で日向ぼっこをしている姿を覚えている。そして間もなく、ひっそりと亡くなった。
 

 一人残されたおばあさんは急に一回りも二回りも小さくなった。おだやかな人だったが、私たちが村の男にお金を取られたと知ると、「あの人たちを騙して」と男に抗議してくれた。小さな山間の村で村人の行動を面と向かって非難するのは勇気のいることである。持ちつ持たれつの互助の世界では口を閉ざしていることが生活の知恵だからだ。
 今でも時々おばあさんとお茶を飲んだときのことを思い出す。「働けなくて家族に悪い」と言っていた。家族はみな孝行者で、誰一人そんなことを思っていないのに、昔の人はそんな風に役に立たなくなった身を恥じたのであろう。「楢山節考」の哀しさがよく理解できる言葉だった。
 

 やがておばあさんも逝った。死顔に差された鮮やかな紅は、地味なバアソブが天国でジイソブに会えると華やいだ一瞬だったのかもしれない。(2008年9月30日)

 

 
バアソブ  キキョウ科 つる性。花は径2センチくらいで釣鐘形、濃紫色の斑点がある。地下に球形をした根がある。
 
 
 
 
     
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