料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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 山梨に通うようになって山には松が多いことに驚かされた。それまで何故か松といえば海辺と思っていた。考えてみれば松茸などは山からの贈り物なのに、幼い頃はあまり山になじみが無く海ばかりに行っていたのでそう思い込んでいたのだろう。
 

 今、我が家にも小さな松がある。自然に生えたものだが、裏の山には大きな松がいっぱいある。正月近くになると小松をもらいに山に入る。11月が迫ればお茶で使う松葉を集めにまた入る。クリスマス前にはマツボックリを拾いに入る。マツボックリは庭で火を炊くときに薪の代わりにもする。年がら年中山から松をいただいている勘定になる。

 松子という女性の話をしたい。松子さんには竹子さんという妹がいた。実際は妹ではなく血の繋がらない親戚らしかった。しかも竹子さんのほうは本名でなく、ときどき「ヒロちゃん」と呼ばれていた。ヒロコとかヒロミとかいうのが本名であったのだろう。この二人に会うのは決まって銭湯で、二人がいることは下駄箱の前でもう分かる。大きな声でひっきりなしに喋っているからだ。一緒に暮らしているのにまだ話し足りないのかと、小学生の私は思う。この二人がうちの母を妹分の「梅子」にしようとしきりにさそった時期がある。母はこの人たちと仲がよくて、二人の大声に母の高い声が混じると、賑やかなことこの上なかった。
  松子さんは女相撲取りのように身体が大きかった。かげでは横綱と呼ばれていた。自身も先刻承知で、松子さんの冗談には相撲がらみのものが多かった。自分で言って自分で笑うのである。一方竹子さんはラーメンに入っているシナチクのようだった。平べったくて痩せていた。「姉妹」共に五十は過ぎていたろうか。
 さて銭湯に二人がいると帰りたくなったものだ。松子さんが必ず私の体を洗ってくれるのだが、力が強くて肌がヒリヒリするからだった。帰り道に私が変な格好をして歩いているとしたら、足の間までゴシゴシやられてそこが塩を塗ったようになっているからだった。
 そのうちに稽古事が忙しくなって、母とは銭湯に行かなくなった。それで自然と松子さんたちとも会わずに済むようになった。
 

 最後に会ったのは、銭湯ではなく我が家だった。脱衣所の縁側で倒れた母をおぶって来たのである。母は長湯をするとすぐに気分が悪くなり、ひどいときにはひっくり返ってしまう。
 「もう大丈夫ですから。もう歩けますから」という恐縮する声と一緒に母をおぶった真っ赤な顔の松子さんがのっしのっしと入って来た。後ろに竹子さんが母の銭湯道具を持って付き添っていた。
 階下からにぎやかなおしゃべりが聞こえてくる。母はとうとう梅子になったのだなと思いながら私は眠ってしまった。(2009年1月29日)

 
 マツ科マツ属の常緑高木〜低木。北半球に80種あり、日本には6種と2雑種が自生する。それぞれ建材、パルプ、薪炭等種々の用途があり、また松脂を取る。
 
 
 
     
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