料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ショカッサイ
 

 桜前線が北上しだす頃、早々と地面に美しい紫の絨毯を敷いてくれるのはショカッサイである。ほとんど雑草といってもいいくらいなのに、花の色、形、葉の様子など、どれをとっても気品がある。花期が比較的長いので、桜が満開になり、やがて散ってしまってもまだ私たちを楽しませてくれる。
 この花を山梨の庭に増やしたいと思ったが、これがなかなかうまく行かない。どこにでも生えているような植物だと思ったが、それなりに住む場所の選択をしているのだろう。
 
 私は小さいときから紫の色が好きで、なにかの折に「好きな色は?」と問われると必ず「むらさき」と答えていた。子供らしくないと周囲の大人たちは笑ったが、母が着せてくれる洋服の色がいつも白か赤だったので、自分でも気付かないくらいのわずかな反抗心の芽生えだったのかもしれない。それでも気に入っていたのは事実で、絵を描けば紫の色をよく使ったし、筆箱の色も紫のをねだったりした。筆箱の紫は、しかしあまり良い発色ではなくて、その前の割れてしまったピンクのほうがやはり健康的で美しかったと思う。
 母もあまりに私が欲しがるので、紫の色の洋服を作ってくれたことがある。ごくごく薄い色のワンピースだったが、まるで似合わなかった。やはり子供には難しい色だったのだろう。それからはあまり紫、紫と、言わなかったように思う。

 中学は渋谷にあるミッションスクールへ通ったが、そこで私に色のあだ名がついた。紫ではなく黄色、「キザクラ」である。中学生ながら水上スキーの選手をしていたので髪を短く切っていて、その前髪の上がりようが黄桜の宣伝漫画に出てくる河童に似ているというのだ。
 黄桜のお姉さんは漫画とはいえやけに色っぽい河童であった。共通点などほとんど見当たらない。髪の形だって自分ではそれほど似ているとは思わなかったが。

 自分でつけたあだ名といえば、母の妹に「乾パン」とつけたことがある。彼女は当時よく遊びに来ていた。乾パンというのは四角くて硬い、あの保存用の食べ物のことだ。つるんとした肌と日焼けした顔からつけたあだ名である。悪気は無く、むしろ好意の発露であった。叔母さんは通訳の仕事をしていて、私の憧れの人だった。
 その叔母さんが我が家に居候することになるのは、それから数年後のことである。やがて彼女が母の妹ではなく娘、つまり最初の結婚で設けた二人の娘の姉のほうであると判明する。前後して継父が家を出た。残された女三人の関係は当然のように煮詰まっていく。
  そしてとうとうその人に「パンパン」などと暴言を吐いて追い出してしまうのは、それから間もなくのことだったのである。(2009年3月31日)

 

 
ショカッサイ 別名、オオアラセイトウ、花ダイコン、紫ハナナ。アブラナ科の宿根草であるが、二年草として栽培される。4月に芳香のあるうす紫色の花を咲かせる。
 
 
 
     
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