料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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花族
 
 
 
ハナイカダ
 

 周辺の林にはハナイカダの木が多い。葉が食用としても利用されるのでご存知の方も多いかもしれない。4月に葉脈の中央に5ミリほどの花がいくつかかたまって咲く。ひっそりとしていて地味だが、秋になると黒く熟した実になる。こちらはかなり特殊で人目をひく。

 この花が格好な茶花になる。雅趣のある名でまず喜ばれる。葉の緑が明るく優しいことも好まれる。
尊敬するお茶人の庭にわが家の一本を差し上げたことがある。私のような他流の者にも広く月釜の門戸を開いてくださる奇特な先生だ。美術館に入るような茶道具を沢山お持ちで、それらを見せていただくのも楽しみであった。お茶の前に講義があるのだが、ここでは冷や汗をかくことも多い。質問にまともに答えられないからだ。それでも厳しいとばかりと思っていた先生が、この数年はお年を召されたせいかだいぶお優しくなられ、それがまた嬉しくて通っていた。

 しかしこの不況である。主人の仕事もおもわしくなく、恥ずかしながら月々のお礼滞り退会止むなきに至ってしまった。二十年近く通ったお宅だったので寂しいことこの上ない。可愛がってくださった奥様にもお会いできないのが残念である。
 気を取り直し、花筏にもどろう。いや、筏である。いやいや、ただの板切れの話である。
 
 私とは十八歳も年齢の違う姉が、まだ叔母と称して我が家に出入りしていた昭和三十年代、姉には外国人の恋人がいた。この人はアメリカ人ではなかったが(ヨーロッパのどこかの国の人だったと思う)、姉とは英語で話をしていた。その人と姉、母と私の四人で葉山へ海水浴に行ったことがある。大磯だったかもしれない。とにかく波の荒い海岸で、泳ぎの不得手な母は甲羅干しばかりしていた。姉たちは遠くで泳いでいたが、やがて何処で見つけたのか板切れを抱えて戻ってきた。板はうらぶれていて、潮にだいぶつかっていたように見えた。「これで海の上で甲羅干しを」と笑うのは、元より冗談のつもりであったろう。ところが母の悪戯心に火をつけてしまったようだ。楽しそうに板を引きずりながら海に入っていく。私もチョコチョコとその後に従った。しかし板は上がろうとすると沈み、とんでもない方向からポコンと顔を出す。あきらめて板を片手に横泳ぎを始めた。そこへ大波である。私たちは板もろとも浜まで転がされた。母は海水帽が飛んで髪の毛がクチャクチャになっただけだったが、私のほうは板が額に当たって血が出てしまった。外国人がひどく慌てて手当てをしてくれた。幸い傷は浅くて出血はすぐに止まった。母はまた甲羅干しに戻り、私はすっかり外国人と仲良しになってずいぶん遊んでもらった。この人が叔父さんになったらどんなにいいいだろうと思ったりした。

  その後姉はしばらく家に来なかった。そして突然わが家に住むことになるのだが、彼女との確執は以前に書いた。一緒に住んだ期間はわずか二年ほどだったと思う。
 それから果てしなく月日が経ち、母の死を伝えることもかなわず今日に至っている。姉の生死は更に知らぬ。(2009年4月29日)

 

 

 
ハナイカダ ミズキ科 雌雄異株で雄株の葉の上には3ミリくらいの雄花が3〜5個、雌株の葉上には4ミリほどの雌株が1〜3個のっている。花後実がつきしだいに黒熟する。

 

 
 
     
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