料理とワインの店:BISTRO KRI-KRI  
   

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ニッコウキスゲ
 その日の霧ケ峰はうっすらと雪が積もっていた。前方に一叢の枯れ草が見える。ニッコウキスゲかなとつぶやき、カイは車を止めた。薄着だった私は車の中から長身の彼が雪原を歩く姿を見ていた。

 知り合ったのは下北沢の母の店だった。カイは年長の友人と食事に来た。友人はヘイカと呼ばれ、二人は背丈と髭、長髪がそっくりだった。ヘイカは太めで顔つきもおだやかだったが、彼は細身で目つきが鋭かった。高校時代にサッカーをし、そのまま政治運動に走った経歴がその目つきに表われていたのかもしれない。
 ヘイカには特定の女性がいたが、彼にはいなかった。い過ぎて特定できなかったのかもしれない。私の母までが「黒豹みたい」とたちまちファンになっていたから。
 

 カイは仲間たちと共同生活をしていた。やがて私もその部屋で過ごすことが多くなった。彼は帰ったり帰らなかったりした。女性たちが入れ替わり訪ねてきた。年上がほとんどだった。私も三歳上だった。それでも不愉快な思いはしなかった。彼は性については淡白で、もちろんまるで無いわけではなかったろうが、淫靡な感触は受けなかった。考えてみれば不思議な関係だった。狭い家に数人の男女が聖家族のように暮らしていたのである。
 そのうち私が特定の女性ということになったが、実感は無かった。
 

 霧ケ峰にはカイの知人の別荘があった。かつて、その人の妻が彼に夢中になっていると噂になったことがある。気の進まない旅だった。
 戸口でバロンという名のコリー犬が迎えてくれた。その気高さ、美しさに癒され、気付けば憂いは消えていた。飼い主は知的な雰囲気をたたえた男性だった。小柄だが堂々としていて、すべてを見通すような深い眼差しをしていた。妻が私を見る目も静かだった。しかし今でもカイに惹かれているらしいことは察せられた。彼女もまた自らの霧の中でもがいていたのだろう。私たちの他にも数名の客がいたが、その夜そこに集まった者は皆、深い哀しみを共有しているようだった。そして慈しみあい、赦しあっていた。これも不思議な体験だった。厳かなあの雪原と、そこを守る神々のなせる業だったのかもしれない。

 間もなくカイと別れてしまった。彼のフィアンセが米国留学から戻ったからだ。フィアンセの話は聞いていた。高校の一年で渡米し、大学も向こうだった。だから子供の口約束に過ぎないと思っていた。しかし彼の母親が結婚を支持していた。そして私もその存在を知っていた以上、アンフェアだと思った。だから部屋を出た。彼も追っては来なかった。数年後、風の便りに彼が結婚をして子供をもうけたことを知った。

 それから二十年ほど経って私が童話の本を出したとき、偶然カイと出会った。「君がまぶしく見える」と言ってくれた。だいぶ前に離婚をしていて、仕事も替わったようだった。サッカーは続けていると言っていた。 
 それからまた十年以上経っている。残念ながらカイが見てくれた私の輝きも失せ、万一のために身辺整理をしなければならないような年齢になってしまった。それでも暗い気分のときに、ふと心にニッコウキスゲを見ることがある。立ち枯れたそれではなく、霧の中に浮かぶ幽玄な黄色い花だ。それが誰にでもある青春の色というものなのだろうか。(2009年8月10日)

 

 
ニッコウキスゲ ユリ科 ゼンテイカの別名もある。本州中部以北の日当たりのよい山地に生える。日光に特に多く、呼び物の一つになっている。
 
 
 
     
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